今日は北海道へ。
教師たちの集まりで、お話を。
昨夜、「朝の学校」に参加されているかたから
送られてきたメールです。
福島の女性の言葉をかみしめてみてください。
6月の集会でのスピーチですが、
現状は、3か月以上たったいまでも、
変わっていないのではないでしょうか。
福島の梅農家、渡辺ミヨ子さん(69歳)
6月19日福島市の集会でのスピーチです。
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私は東京電力福島原子力発電所から20km-30km圏内の田村市都路町から
三春町に避難してお世話になって居ります。
全国から、世界中から支援物資、義援金、あたたかいお言葉がよせられて
今の生活物資に不足はありません。本当にありがとうございます。
世界中に、こんなにもあたたかい愛に満ちあふれた人たちがたくさんいるのに、
3月11日から100日過ぎました。…
大きな津波で流された福島県浜通りの人たちは、原発が何基も爆発して誰も近寄ることができず、けがして動けなかった人たちは誰にも助けられずにどんなにか無念の死を迎えたことでしょう。
放射能汚染による恐怖、深刻さは増すばかりです。
4月初め、私が住んでいたところで、部落の人たちから頼りにされてた60歳の男性が自ら命をたちました。
また、有機農業の人、酪農家の主人が放射能から自分の仕事を守るすべをなくした人たちが何人も自ら命を落としていったのです。
あの日から福島は生き地獄となってしまったのです。
それでも「経済発展のために原子力が必要」か
それでも(海江田)経済産業大臣は、日本の経済発展のために原子力が必要だと言っています。
経済発展のため、そんなに原子力が役立つとおっしゃられるなら、
去年あたりの失業者の数、若者までが仕事がなく、生活保護を受けなければ生きられない、
毎年3万人以上の自殺者がいるという現状はあってはならなかったはずです。
もし経済が原子力を頼らなければ成り立たないとしたら、その経済はもはや人民を奴隷とし、
人民の身も心も破壊してしまう魔物です。
「人民による人民のための人民の政治」
アメリカの大統領リンカーンが奴隷解放の折り、言った言葉です。
「人民による人民のための人民の政治」
福島県民の命は、いや原子力発電所立地地域の住民の命は、
原子力発電が国策として始められた時から軽視されていたのです。
そうでなければ、原子力のことが起きた時に、国の誰もがうろたえ、あわてふためき、何の手だてもなく過ごせるはずがありません。
福島の子どもたちが高い放射能にさらされることはなかったはずです。
福島県になぜ原子力発電なのでしょう。
東京には身動きできないほどのりっぱな会社があります。
国策であるならば、あとわずかでも、広い土地のある福島県に回せば、
東京の人たちもそうきゅうくつな思いをせずに生活できたはずです。
今の日本の経済は、国策として使われる原子力という悪魔が、
とどまることを知らない欲望の経済をあやつり、人民を奴隷としているのです。
それが何より証拠に、恐ろしいモノを安心・安全とウソをつき、高い放射能を低いと言い、
恐ろしいと怖がる正直な人たち、正直な心を、「ヒステリックだ」と自民党の石原(伸晃)国会議員が堂々と言ったのです。
福島の地震を「想定外」というのであれば、今すぐにでも起きてもおかしくないと言われる地域の地震は起きないという「想定外」もあるのではないか。
それならば、東京に原子力発電所を作り、東京の会社を東北にもってきてはどうでしょう。
私は福島県沖の海が、たくさん魚の取れるゆたかな海が、大好きでした。
県土に広がるゆたかな山々が大好きでした。
この福島を復興させることができるとすれば、原子力に頼る悪魔ではありません。
世界中の愛ある人民の、正直な、思いやりのある、おだやかで、
誰一人として死ぬことのない再生可能なエネルギーを、世界中の人民の、
日本中の人民による、東北の人民のがまんと思いやりのエネルギーを日本に、
そして世界中に送ることです。
みなさん、本日は、ほんとうにありがとうございました。
都路町からの避難住民 渡辺ミヨ子さんの6・19集会アピール
「re」という接頭語が、英語にはあります。「……し直す」という意味です。
3.11以降に生きるわたしたちは、わたしたち自身のくらしを考え直し、
捉え直し、見つめ直し、構築し直すことが必要ではないでしょうか。
まさに、いま「まだ、まにあうのなら」。
2011年9月30日金曜日
2011年9月29日木曜日
9月29日
福島第一原発の、冷温停止のニュースが
今夜のテレビで盛んに取り上げられている。
冷温停止の条件のひとつは、100度以下だが、
2号基は、97度である。
もちろん低温に向っていることは歓迎したいが、
それほど大喜びすることなのか、
わたしにはわからない。
被害を小さく小さく見せようとしてきた
今までの経過を考えると、にわかに大喜びする気には
なれないわたしがいることも確かだ。
19時すぎには、震度5の地震がまたあった。
不安になることに、わたしたちは疲れている。
それも事実だ。
が、ぬか喜びはしない、という姿勢も大事ではないだろうか。
高濃度の放射能の中で、黙々と作業をつづけるひとたちが
今、この瞬間にもいるのだ。
今夜のテレビで盛んに取り上げられている。
冷温停止の条件のひとつは、100度以下だが、
2号基は、97度である。
もちろん低温に向っていることは歓迎したいが、
それほど大喜びすることなのか、
わたしにはわからない。
被害を小さく小さく見せようとしてきた
今までの経過を考えると、にわかに大喜びする気には
なれないわたしがいることも確かだ。
19時すぎには、震度5の地震がまたあった。
不安になることに、わたしたちは疲れている。
それも事実だ。
が、ぬか喜びはしない、という姿勢も大事ではないだろうか。
高濃度の放射能の中で、黙々と作業をつづけるひとたちが
今、この瞬間にもいるのだ。
2011年9月28日水曜日
9月28日
ケニアのノーベル平和賞受賞者、
ワンガリ・マータイさんが亡くなった。
「MOTTAINAI」という言葉と、その概念を
世界的に広めた女性だ。
荒れ果てた大地に三千万本の木を植えたマータイさんは
「木を植える女」でもあった。
同時に彼女の人生のほとんどは
弾圧と権力との闘いの歴史でもあった。
前政権下では、何度も投獄。
不屈の女性でもあった。
28日付東京新聞の「筆洗」では、そのマータイさんと
足尾銅山の鉱j毒問題と闘った田中正造の思想と姿勢を重ねた、
すがすがしくも凛々しい文章が掲載されている。
「どの社会にも業界にも、東電的、保安院的体質があるのだよねえ」
NHKで収録を終えてから、
仲間数人と退院したばかりの友人を見舞った。
その帰り道、遅い夕食をとりながら仲間たちと話し合う。
「こんな時しか、会えないね」
「今度はみんなが元気な時に会おうよ」
仲間たちとの食事は、数年ぶりである。
環境省が示した汚染土壌の除染土は
最大で2879万立方メートル。
最大で東京ドーム23杯分に相当するという。
中間貯蔵や仮置き機関についても気になるところだ。
ワンガリ・マータイさんが亡くなった。
「MOTTAINAI」という言葉と、その概念を
世界的に広めた女性だ。
荒れ果てた大地に三千万本の木を植えたマータイさんは
「木を植える女」でもあった。
同時に彼女の人生のほとんどは
弾圧と権力との闘いの歴史でもあった。
前政権下では、何度も投獄。
不屈の女性でもあった。
28日付東京新聞の「筆洗」では、そのマータイさんと
足尾銅山の鉱j毒問題と闘った田中正造の思想と姿勢を重ねた、
すがすがしくも凛々しい文章が掲載されている。
「どの社会にも業界にも、東電的、保安院的体質があるのだよねえ」
NHKで収録を終えてから、
仲間数人と退院したばかりの友人を見舞った。
その帰り道、遅い夕食をとりながら仲間たちと話し合う。
「こんな時しか、会えないね」
「今度はみんなが元気な時に会おうよ」
仲間たちとの食事は、数年ぶりである。
環境省が示した汚染土壌の除染土は
最大で2879万立方メートル。
最大で東京ドーム23杯分に相当するという。
中間貯蔵や仮置き機関についても気になるところだ。
2011年9月27日火曜日
9月27日
短い原稿を何本か書いて、あとは校正をしただけなのに、
なんだか、やたら疲れた一日だった。
今夜は、パソコンの前を離れて、ゆっくりと本を読もうか。
ここ数か月、次々と出版される
原発に関連する本を優先して読んでいるせいか、
頭の中が過飽和状態。
突然、開高健さんの本が読みたくなった。
さっきコーヒーをいれようと書棚の脇を通ったとき、
ふっと目についたからかもしれないが。
開高さんの言葉に、次のようなものがあった。
一字一句記憶しているわけではないが……。
「思想は本屋に行けばすぐに手に入るけれど、
皺を手に入れるにはつらい時間がかかるもんだよ」
思想とはいかないまでも、
ものごとに 対するわたしなりの考え方は、ま、
ささやかながら、手に入れることができただろう。
皺だって、ちゃんと、ここに。
あとは、考えたことをどこまで誠実に、
どこまでしっかりと、かつ柔軟に実現していくか、だ。
年齢を考えると、そんなに残された時間はない。
2011年9月26日月曜日
9月26日
昨夕、ブログを更新した時点では、未だ判明していなかった
山口県上関町の町長選の結果が判明した。
原発推進派の現町長が立地反対派の候補者に
「大差をつけて」(とほとんどのメディアが報道している)3選された。
建設を計画されているのは2基の原発で、
上関町が原発の誘致を明らかにしたのは1982年。
以来、町税収入2億5000万円の上関町に、
合計45億円の交付金のほか、中国電力から多額の寄付金が支給されてきた。
当時7千人いた人口は、いまや半減。注がれた原発マネーが、
地域興しに役立っているようには見えないことを証明している。
一方祝島では「自然エネルギー100%プロジェクト」をスタート。
人口3500の上関町が推進派と反対派に二分された対立の歴史は
決して短くはない。
東京新聞9月26日朝刊の社説は、それらの経過を踏まえながら、
「原発マネーと別れよう」と提案している。
……地域に溝を掘ったのは、安心安全と財源をてんびんにかけ、
住民の心を揺らし続けた原発推進の国策だ。
祝島の自然を生かした持続可能な地域おこしに、
法外な原発交付金を付け替えるなど、政府も責任を負うべきだ……。
きょうの夕刊には、
「静岡・牧之原 浜岡永久停止を決議 原発10キロ圏で初」とある。
福島原発事故が、いまだ収束していない現状で、牧之原市議会の決議こそ当然ではないか。
2011年9月25日日曜日
9月25日
三連休の終わりの日曜日。
東京は午前中は晴れ間が見えたが、午後からは曇り空。
さて、野田佳彦首相の国連演説について感じことが。
所信表明演説同様、国連でのそれも新味に欠けた気がしたのは、
わたしだけだろうか。
地震、津波、原発事故への世界中からの支援に対してお礼を言ったのは当然だが、
もっと踏み込んだお詫びをすべきだった気がする。
世界中に、とりわけ、世界中の「子どもたちの未来」に迷惑をかけたのだ。
半減期が約30年と長いセシウム137だけみても1万3500テラベクレル
(テラは1兆)も、海に拡散してしまった責任。
中東・北アフリカの民主化支援で総額10億ドルの円借款を実施、
南スーダン国連平和維持活動(PKO)への陸上自衛隊施設部隊派遣に向けて
活動するとか、◯◯します! 的なことを、アメリカを意識して言うより、
地味でもきちんとしたお詫びをすべきだったんじゃないか、と思っている。
そのためには、「原発問題が核問題だった」と、野田首相の認識が
欠けているんじゃないか、と不安だ。
原爆被爆国としても、「核不拡散」を意識した発言を、すべきだった、と思う。
福島原発事故というのは、核拡散をしてしまったのだから。
その意味では、アメリカのオバマ大統領も、人工衛星の落下について、
世界中にお詫びすべき。
「ひとに当たる確率」の心配は当然ですが、「世界中の原発に当たるかも
しれない」心配とお詫びをすべきではないか。
つまり世界中のひとが集まってくる国連で、野田首相は、
原子力発電と宇宙開発の危険性を「平和」の問題から研究し直そう、
子どもの未来について考えよう、
と発言すべきだったとわたしは考える。
「われわれの首相が、平和について哲学を語るひとであってほしい」!
午前中は昨夜の続きで、被災地に送る冬ものの衣料やかけ布団、
毛布などを「選択&洗濯」。
今朝までで終わる予定が、終わらなかった。
午後は打ち合わせをいくつかして、それから日テレの「バンキシャ」出演。
時間が足りない、としみじみ。
このブログを書いている時点では
まだ開票が始まっていないが、
今日は上関の町長選挙の日。
原発推進派の現町長に、
祝島から反対派の候補者が立候補している。
なんとか祝島のひとたちの勝利という結果にならないか。
祈るように願う。
東京は午前中は晴れ間が見えたが、午後からは曇り空。
さて、野田佳彦首相の国連演説について感じことが。
所信表明演説同様、国連でのそれも新味に欠けた気がしたのは、
わたしだけだろうか。
地震、津波、原発事故への世界中からの支援に対してお礼を言ったのは当然だが、
もっと踏み込んだお詫びをすべきだった気がする。
世界中に、とりわけ、世界中の「子どもたちの未来」に迷惑をかけたのだ。
半減期が約30年と長いセシウム137だけみても1万3500テラベクレル
(テラは1兆)も、海に拡散してしまった責任。
中東・北アフリカの民主化支援で総額10億ドルの円借款を実施、
南スーダン国連平和維持活動(PKO)への陸上自衛隊施設部隊派遣に向けて
活動するとか、◯◯します! 的なことを、アメリカを意識して言うより、
地味でもきちんとしたお詫びをすべきだったんじゃないか、と思っている。
そのためには、「原発問題が核問題だった」と、野田首相の認識が
欠けているんじゃないか、と不安だ。
原爆被爆国としても、「核不拡散」を意識した発言を、すべきだった、と思う。
福島原発事故というのは、核拡散をしてしまったのだから。
その意味では、アメリカのオバマ大統領も、人工衛星の落下について、
世界中にお詫びすべき。
「ひとに当たる確率」の心配は当然ですが、「世界中の原発に当たるかも
しれない」心配とお詫びをすべきではないか。
つまり世界中のひとが集まってくる国連で、野田首相は、
原子力発電と宇宙開発の危険性を「平和」の問題から研究し直そう、
子どもの未来について考えよう、
と発言すべきだったとわたしは考える。
「われわれの首相が、平和について哲学を語るひとであってほしい」!
午前中は昨夜の続きで、被災地に送る冬ものの衣料やかけ布団、
毛布などを「選択&洗濯」。
今朝までで終わる予定が、終わらなかった。
午後は打ち合わせをいくつかして、それから日テレの「バンキシャ」出演。
時間が足りない、としみじみ。
このブログを書いている時点では
まだ開票が始まっていないが、
今日は上関の町長選挙の日。
原発推進派の現町長に、
祝島から反対派の候補者が立候補している。
なんとか祝島のひとたちの勝利という結果にならないか。
祈るように願う。
2011年9月24日土曜日
9月24日
連休二日目の土曜日。
せっせと、ふたつの「せんたく」を。
選択と洗濯だ。
北の冬の訪れは早い。
冬物を送ってという作家・渡辺一枝さんのメールを、このブログでご紹介したことがあった。
9・19の1000万人アクションが終わる前は全く時間的余裕がなかったのだが、
その後も原稿がたまっていた。
それを昨夜まで、というか今朝までに終えて、
さ、冬物の選択と洗濯を。
午後は出かけ、いま戻ったところだが、
これからアイロンをかけることにする。
このブログを読んで、
すでにお送りいただいたかたも
少なからずおられるようだが、
呼びかけたわたしが遅れているのが、
気になっていた。
整理をし、選択をして、そして洗濯を。
どんなかたの手に届くだろう。
母にプレゼントして、一度も手を通さなかった
冬用の寝間着や肩掛けもたくさん出てきた。
わたしが身に着けないような、
きれいなピンクやブルーや花柄のものばかりだ。
ひとつひとつが思いでの品だが、
被災地のどなたかにお役に立っていただければ、
こんなにうれしいことはない。
母もきっと喜んでくれることだろう。
明日の朝にはいくつもの段ボールが
玄関に積まれているに違いない。
さ、夕飯をしっかり食べて、夜なべ仕事だ。
せっせと、ふたつの「せんたく」を。
選択と洗濯だ。
北の冬の訪れは早い。
冬物を送ってという作家・渡辺一枝さんのメールを、このブログでご紹介したことがあった。
9・19の1000万人アクションが終わる前は全く時間的余裕がなかったのだが、
その後も原稿がたまっていた。
それを昨夜まで、というか今朝までに終えて、
さ、冬物の選択と洗濯を。
午後は出かけ、いま戻ったところだが、
これからアイロンをかけることにする。
このブログを読んで、
すでにお送りいただいたかたも
少なからずおられるようだが、
呼びかけたわたしが遅れているのが、
気になっていた。
整理をし、選択をして、そして洗濯を。
どんなかたの手に届くだろう。
母にプレゼントして、一度も手を通さなかった
冬用の寝間着や肩掛けもたくさん出てきた。
わたしが身に着けないような、
きれいなピンクやブルーや花柄のものばかりだ。
ひとつひとつが思いでの品だが、
被災地のどなたかにお役に立っていただければ、
こんなにうれしいことはない。
母もきっと喜んでくれることだろう。
明日の朝にはいくつもの段ボールが
玄関に積まれているに違いない。
さ、夕飯をしっかり食べて、夜なべ仕事だ。
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