空模様が芳しくない七夕。
七夕は毎年、快晴とはいかないようだ。
再稼動の動きが出ていた佐賀県玄海町の玄海原発。
事前に九州電力が、子会社などに再稼動の弾みをつける協力を求めていたことが判明したというニュースが、今朝の新聞のトップ記事になっている。「やらせ」である。
なんということか。
住民の意見に真摯に耳を傾けると言いながら、裏ではこういった「やらせ」を実行しているのだ。
九州電力の社長は、自らが指図したことではないと言ってはいるが、
「国の信用」を傷つけたことには謝罪する、と記者会見では言ったようだ。
彼らが謝罪しなければならないのは、まずは住民に対してである。
はじめから再稼動という結論ありき、ではなかったか。
だいたい「国が安全を保証する」という海江田さんの言葉も、
福島の現実を見るなら、まやかしでしかない。
今後は改めてストレステストがあると発表されたが、
福島も玄海原発も、当局にしても電力会社にしても、
住民のいのちと人生に対して、あまりにも鈍感でいい加減過ぎる。
さらに不安なのは、まだ何ひとつ解決していない福島第一原発暴走に関して、メディアのニュースの量が減ってしまった現実である。
7月8日付けの「日刊ゲンダイ」では、
「東電と経産省の術中にハマった大マスコミ」という記事が掲載されている。
いまもって放射性物質はダダ漏れの福島原発である。
高濃度の汚染水も満杯になったままだ。
それでも報道されるニュースが少なくなると、関心は徐々に薄れていってしまうのではないか。そしてそれこそ、推進派・再稼動派の思うつぼである。
今週土曜日のクレヨンハウス「朝の教室」の講師は、
「はんげんぱつ新聞」編集長の西尾漠さん。
広告制作会社に勤務していた頃、
電力危機を訴える電気事業連合会の広告に疑問をもち、
原発問題に携わるようになる。
『原発を考える 50話』(岩波ジュニア新書)、『原発は地球にやさしいか』(合同出版)ほか著書多数。
増補新版『脱原発しかない バクとマサルのイラスト・ノート 2011・3・11のあとで』(第三書館)は8日に刊行される。
現実の活動から見てきた原発の実体、そして「脱原発」への道について、しっかりお話をうかがいたい。
「re」という接頭語が、英語にはあります。「……し直す」という意味です。
3.11以降に生きるわたしたちは、わたしたち自身のくらしを考え直し、
捉え直し、見つめ直し、構築し直すことが必要ではないでしょうか。
まさに、いま「まだ、まにあうのなら」。
2011年7月7日木曜日
2011年7月6日水曜日
7月6日
七夕の短冊に「ほうしゃのう こないでよ!」という幼い文字を見つけた。
どこかの幼稚園や自治体の七夕祭りの短冊にも、同じようなことばがあったと聞いている。
福島から遠くはなれて暮す東京の子どもたちも、放射能を恐れているのだ。
子どもたちが原発のある社会を選んだわけではいないのに。
このブログでも触れた玄海原発の再稼動について、
毎日放送7月4日放送の「たねまきジャーナル」で、
京都大学原子炉実験所の小出裕章さんは(ご本人が「さんと呼んでください」とおっしゃるので)、次のようにおっしゃっている。
「国が安全だと言い、国が責任を持つというのですが、それなら、福島には安全性は保障していなかったのか。福島は地震の確率ゼロで、安全と言っていた、地元の人も信じていたのに事故になった。原発は事故になったらとんでもないのに、「国が安全というのだから、だから大丈夫」となぜ知事がそんなことを言えるのか。
玄海原発は老朽化しており、敦賀の1号機、美浜の1号機も誕生して41年。
老朽化は玄海のみではないが、老朽化すると、玄海では圧力容器の壊れる可能性がある。(中略)
(玄海原発の危険性については、東京新聞「こちら特報部」でも特集していた。落合付記)
鉄も中性子を浴びると脆くガラスのようになり、玄海のものは、90℃程度でガラスのようになり、90℃に冷やすと「割れるように壊れる危険性がある。
そうなれば手の打ちようがない(容器なし=メルトダウン、大気中、地下に出て行く)、環境に放射能が出るのです。
どのタイプ、何年たてば危ないかは、電力会社も分かっていない。
原子力は1954年に商業用原子炉がソ連で始まり、まだ新しい。何年持つか、40年と思いつつ、40年持つかは、原子炉に試験片を入れて、鉄がガラスになるか見ているものの、それでも不明で、敦賀でまだ動いている。安全性を食いつぶしてやっているのです」
ラジオ放送を聴いてまとめ、メールで送ってくださるひとが関西におられ、
それをご紹介しているので、ミスがあったら、ごめんなさい。
とにかく、玄海の再稼動はめちゃくちゃだと思う。
安全を保障というけれど、一度暴走が起きれば、誰もどのようにも手をつけられないのが原発である。
このときに、再稼動を要請する政府も政府なら、それを受け入れる側もやはり問題ではないか。
経済がすべての背景にあるのだが、一度ことが起きたら、どうしようもないことは、現在進行形の福島で起きていることではないか。
さらに、札幌の友人が北海道新聞の記事を送ってくれた。
毎日新聞のスクープでご存知だとは思うが、モンゴルに「核のゴミ」の処分場を作りたいと、「捨て場」を作りたいと、東芝の社長がアメリカ政府高官に計画推進を要請する書簡を送っていたのだという。
フィンランドの核廃棄物の最終処分場を撮った「10万年後の安全」についてはブログに書いたが、国内の予定地に「アメとムチ」を使って原発を作り、今度はモンゴルに同じような手を使い、核のごみを押しつけるつもりなのか。
アメリカが「死の灰」を撒き散らす実験をしたのも、自分たちが暮らすところから遠く離れたビキニ環礁だった。
そして第五福竜丸は被曝し、久保山愛吉さんが亡くなったことは、当時子どもだったわたしも知っている。
どこで実験するかには、明らかに「人種差別」があったはずだ。
同じことを今度は原発暴走の収束もつかない、この国がするのか。
なんと酷い、なんと非情な国なのだろう。
どこかの幼稚園や自治体の七夕祭りの短冊にも、同じようなことばがあったと聞いている。
福島から遠くはなれて暮す東京の子どもたちも、放射能を恐れているのだ。
子どもたちが原発のある社会を選んだわけではいないのに。
このブログでも触れた玄海原発の再稼動について、
毎日放送7月4日放送の「たねまきジャーナル」で、
京都大学原子炉実験所の小出裕章さんは(ご本人が「さんと呼んでください」とおっしゃるので)、次のようにおっしゃっている。
「国が安全だと言い、国が責任を持つというのですが、それなら、福島には安全性は保障していなかったのか。福島は地震の確率ゼロで、安全と言っていた、地元の人も信じていたのに事故になった。原発は事故になったらとんでもないのに、「国が安全というのだから、だから大丈夫」となぜ知事がそんなことを言えるのか。
玄海原発は老朽化しており、敦賀の1号機、美浜の1号機も誕生して41年。
老朽化は玄海のみではないが、老朽化すると、玄海では圧力容器の壊れる可能性がある。(中略)
(玄海原発の危険性については、東京新聞「こちら特報部」でも特集していた。落合付記)
鉄も中性子を浴びると脆くガラスのようになり、玄海のものは、90℃程度でガラスのようになり、90℃に冷やすと「割れるように壊れる危険性がある。
そうなれば手の打ちようがない(容器なし=メルトダウン、大気中、地下に出て行く)、環境に放射能が出るのです。
どのタイプ、何年たてば危ないかは、電力会社も分かっていない。
原子力は1954年に商業用原子炉がソ連で始まり、まだ新しい。何年持つか、40年と思いつつ、40年持つかは、原子炉に試験片を入れて、鉄がガラスになるか見ているものの、それでも不明で、敦賀でまだ動いている。安全性を食いつぶしてやっているのです」
ラジオ放送を聴いてまとめ、メールで送ってくださるひとが関西におられ、
それをご紹介しているので、ミスがあったら、ごめんなさい。
とにかく、玄海の再稼動はめちゃくちゃだと思う。
安全を保障というけれど、一度暴走が起きれば、誰もどのようにも手をつけられないのが原発である。
このときに、再稼動を要請する政府も政府なら、それを受け入れる側もやはり問題ではないか。
経済がすべての背景にあるのだが、一度ことが起きたら、どうしようもないことは、現在進行形の福島で起きていることではないか。
さらに、札幌の友人が北海道新聞の記事を送ってくれた。
毎日新聞のスクープでご存知だとは思うが、モンゴルに「核のゴミ」の処分場を作りたいと、「捨て場」を作りたいと、東芝の社長がアメリカ政府高官に計画推進を要請する書簡を送っていたのだという。
フィンランドの核廃棄物の最終処分場を撮った「10万年後の安全」についてはブログに書いたが、国内の予定地に「アメとムチ」を使って原発を作り、今度はモンゴルに同じような手を使い、核のごみを押しつけるつもりなのか。
アメリカが「死の灰」を撒き散らす実験をしたのも、自分たちが暮らすところから遠く離れたビキニ環礁だった。
そして第五福竜丸は被曝し、久保山愛吉さんが亡くなったことは、当時子どもだったわたしも知っている。
どこで実験するかには、明らかに「人種差別」があったはずだ。
同じことを今度は原発暴走の収束もつかない、この国がするのか。
なんと酷い、なんと非情な国なのだろう。
2011年7月5日火曜日
7月5日
数日前のこのブログにも書いたが、詳しい内容について、再度。
福島県郡山の小中学校に通う子どもたちと保護者が、
学校ごと疎開をする措置を求める仮処分を、地裁支部に申し立てた。
14人の児童・生徒と、保護者16人だ。
学校の被曝線量に関しては、文部科学省が暫定規準として
年間20ミリシーベルトと決定。
その中には内部被曝の線量は含まれていないし、
なぜこんなにも高い暫定基準値にしたのか、
と多くの反対の声が、海の向こうでもあがった。
20ミリシーベルトと決めた過程、議事録もなし、という酷い告知だった。
その結果、高木文部科学大臣が、改めて1ミリシーベルト以下を目指すと変更した。
が、このまま郡山市の学校に通いつづけると、1ミリシーベルトを超え、
健康被害が起きる可能性があり得る………。
そんな理由で、仮処分を申し立てたのだという。
それがどこであれ、なんであれ、
ひとつの集団の中で、「みんなと違った」ことを発言したり、
行動をとることは、さまざまなストレスにさらされる場合が少なくない。
この子たちと、その保護者がとった行動が、周囲に充分に通じるように、と心から願う。
そして、それが他の多くの子どもたちのためになることを。
弁護団には、金沢地裁の裁判長時代に、
北陸電力滋賀原発2号機の運転を止める判決を下した
井戸謙一さん(現在弁護士)も参加されている。
今回の原発暴走を通して、わたしたちはつくづく、
信用と信頼に足るひとと、そうでないひとの「仕分け」を
目の当たりに体験しているようだ。
福島県郡山の小中学校に通う子どもたちと保護者が、
学校ごと疎開をする措置を求める仮処分を、地裁支部に申し立てた。
14人の児童・生徒と、保護者16人だ。
学校の被曝線量に関しては、文部科学省が暫定規準として
年間20ミリシーベルトと決定。
その中には内部被曝の線量は含まれていないし、
なぜこんなにも高い暫定基準値にしたのか、
と多くの反対の声が、海の向こうでもあがった。
20ミリシーベルトと決めた過程、議事録もなし、という酷い告知だった。
その結果、高木文部科学大臣が、改めて1ミリシーベルト以下を目指すと変更した。
が、このまま郡山市の学校に通いつづけると、1ミリシーベルトを超え、
健康被害が起きる可能性があり得る………。
そんな理由で、仮処分を申し立てたのだという。
それがどこであれ、なんであれ、
ひとつの集団の中で、「みんなと違った」ことを発言したり、
行動をとることは、さまざまなストレスにさらされる場合が少なくない。
この子たちと、その保護者がとった行動が、周囲に充分に通じるように、と心から願う。
そして、それが他の多くの子どもたちのためになることを。
弁護団には、金沢地裁の裁判長時代に、
北陸電力滋賀原発2号機の運転を止める判決を下した
井戸謙一さん(現在弁護士)も参加されている。
今回の原発暴走を通して、わたしたちはつくづく、
信用と信頼に足るひとと、そうでないひとの「仕分け」を
目の当たりに体験しているようだ。
2011年7月4日月曜日
7月4日
節電が盛んに言われている。
やみくもに電気を使う必要など全くないし、
電力会社への支払いは可能な限り抑えたい。
しかし、15パーセントの節電という基準は何を根拠としたものなのか。
節電をしなくても電力不足にはならないという、かなり確かな試算がある。
とすると、この節電への呼びかけは何を目的としたものだろう。
「電力の足りない夏」、「猛暑情報」、「電力予想」。
なにが本当で、何が本当ではないか。
わたしたちには、メディアリテラシー(本当にそうなのかと情報を読み解く力)が必要だ。
「日本の多くの大メディアがやっていることはジャーナリズムではない」、
当局の「広報」でしかない、と海外のメディアが指摘している。
悲しいかな、それに反論する材料がほとんどない、わたしたちの現在である。
大震災後、さかんに「絆」という言葉が使われている。
人と人の、人と土の、人と海の、人と、その人が生まれ育ち、住み続けようとした
郷里との「絆」をずたずたに断ちきったもののひとつが、
原発であることをわたしは忘れない。
この、最悪の悲劇から何も学ばないのであるなら、わたしたちは終わりだ。
やみくもに電気を使う必要など全くないし、
電力会社への支払いは可能な限り抑えたい。
しかし、15パーセントの節電という基準は何を根拠としたものなのか。
節電をしなくても電力不足にはならないという、かなり確かな試算がある。
とすると、この節電への呼びかけは何を目的としたものだろう。
「電力の足りない夏」、「猛暑情報」、「電力予想」。
なにが本当で、何が本当ではないか。
わたしたちには、メディアリテラシー(本当にそうなのかと情報を読み解く力)が必要だ。
「日本の多くの大メディアがやっていることはジャーナリズムではない」、
当局の「広報」でしかない、と海外のメディアが指摘している。
悲しいかな、それに反論する材料がほとんどない、わたしたちの現在である。
大震災後、さかんに「絆」という言葉が使われている。
人と人の、人と土の、人と海の、人と、その人が生まれ育ち、住み続けようとした
郷里との「絆」をずたずたに断ちきったもののひとつが、
原発であることをわたしは忘れない。
この、最悪の悲劇から何も学ばないのであるなら、わたしたちは終わりだ。
2011年7月3日日曜日
7月3日
今日も暑い一日だった。日テレの『バンキシャ』へ出演。
番組は玄海原発再稼動のニュースからはじまった。
言いたいこと山ほど!と、エックスクラメーションマークを
9999999回並べたいほどだが、しかしなにせ時間が足りない。
番組が終了すれば、いつもの自己嫌悪へ辿り着く。
もっと適切にして、もっと過不足ない表現の仕方はなかったか、と。
原発暴走は地震や大津波、自然災害だけで誘発されるものではない。
原発そのものの老朽化が暴走に直結する場合もある。
ということは、この国に存在する原発の多くが、
「いつ、なにが起きても不思議ではない状態」にあるのだ。
にもかかわらず、福島第一原発の暴走の原因は「想定外の大津波」と
3月11日以降言われ続けてきた。
九州電力玄海原発についても、安全性を評価するのは、経産省の原子力保安院だが、
多くのわたしたちは推進を目的とした「安全神話」を、もう信じることはできない。
安全と言われても、保安院は福島の暴走を防ぐことはできなかったのだ。
そもそも原発を推進する側が評価する安全性とは、一体、何なのか。
福島原発では、今朝も五号機のホースに亀裂が入っていることが判明し、
冷却注水が一時停止した。
なにひとつ収束が見えない福島の「いま」を目の前にしながら、
さらなる安全神話を垂れ流すとは……。わたしには理解できない。
番組中、地震速報が入った。福島沖が震源地の震度3、ということだが、
脆くなっている原発では震度3でさえ、何が起きるかわからない。
慣れてはいけない、と今夜もまた自分と約束する。
番組は玄海原発再稼動のニュースからはじまった。
言いたいこと山ほど!と、エックスクラメーションマークを
9999999回並べたいほどだが、しかしなにせ時間が足りない。
番組が終了すれば、いつもの自己嫌悪へ辿り着く。
もっと適切にして、もっと過不足ない表現の仕方はなかったか、と。
原発暴走は地震や大津波、自然災害だけで誘発されるものではない。
原発そのものの老朽化が暴走に直結する場合もある。
ということは、この国に存在する原発の多くが、
「いつ、なにが起きても不思議ではない状態」にあるのだ。
にもかかわらず、福島第一原発の暴走の原因は「想定外の大津波」と
3月11日以降言われ続けてきた。
九州電力玄海原発についても、安全性を評価するのは、経産省の原子力保安院だが、
多くのわたしたちは推進を目的とした「安全神話」を、もう信じることはできない。
安全と言われても、保安院は福島の暴走を防ぐことはできなかったのだ。
そもそも原発を推進する側が評価する安全性とは、一体、何なのか。
福島原発では、今朝も五号機のホースに亀裂が入っていることが判明し、
冷却注水が一時停止した。
なにひとつ収束が見えない福島の「いま」を目の前にしながら、
さらなる安全神話を垂れ流すとは……。わたしには理解できない。
番組中、地震速報が入った。福島沖が震源地の震度3、ということだが、
脆くなっている原発では震度3でさえ、何が起きるかわからない。
慣れてはいけない、と今夜もまた自分と約束する。
2011年7月2日土曜日
7月2日
曇天の土曜日。
昨夜は、昨日あたりから書店に並んだ拙著『「孤独の力」を抱きしめて』(小学館)のご担当の女性ふたりと、打上げを。
話題はやはり福島第一原発について。
「なんだかこうして食事をしていることが後ろめたい」
「そう、3・11以降、ずうっと」
署名でもなんでも自分のできることから一つ一つクリアにしていこう、
現行では無理だが、なんとか「国民投票」を、といった声も。
現行の「国民投票」は、憲法というテーマにのみ限られている。
しかし民意の反映は民主主義の基本である。
来週にも、国民投票をしようと呼びかける会のかたがた
(わたしも賛同人のひとりだが)が国会で記者会見をする。
被災地支援のために出張で現地に入り、被災地の山菜を
たくさん購入することで、もうひとつ別の支援を考え、
実行した父であり夫であるひとから、メールが。
放射性物質が最も被災地近隣の空中に飛散したときの、山菜を、
愛する子どもたちに沢山食べさせてしまった………。
それを悔やむ自分がいまいる、給食の食材も不安だ、と。
放射能に対する感受性は、特に胎児や子どもが強い。
「基準値」があること自体、問題だ。どんな少量でも本来、
体内に取り込んではならないものであるのだから。
体内にとりこむことは内部被曝になるのだから。それでも
取り込んでしまったものをできるだけ排出する方法はある。
とにかく、それを「基準値」を敢えて設けることで、
曖昧にしてしまうような流れに、本当に腹が立つ。
今日はこれから岡山へ。
昨夜は、昨日あたりから書店に並んだ拙著『「孤独の力」を抱きしめて』(小学館)のご担当の女性ふたりと、打上げを。
話題はやはり福島第一原発について。
「なんだかこうして食事をしていることが後ろめたい」
「そう、3・11以降、ずうっと」
署名でもなんでも自分のできることから一つ一つクリアにしていこう、
現行では無理だが、なんとか「国民投票」を、といった声も。
現行の「国民投票」は、憲法というテーマにのみ限られている。
しかし民意の反映は民主主義の基本である。
来週にも、国民投票をしようと呼びかける会のかたがた
(わたしも賛同人のひとりだが)が国会で記者会見をする。
被災地支援のために出張で現地に入り、被災地の山菜を
たくさん購入することで、もうひとつ別の支援を考え、
実行した父であり夫であるひとから、メールが。
放射性物質が最も被災地近隣の空中に飛散したときの、山菜を、
愛する子どもたちに沢山食べさせてしまった………。
それを悔やむ自分がいまいる、給食の食材も不安だ、と。
放射能に対する感受性は、特に胎児や子どもが強い。
「基準値」があること自体、問題だ。どんな少量でも本来、
体内に取り込んではならないものであるのだから。
体内にとりこむことは内部被曝になるのだから。それでも
取り込んでしまったものをできるだけ排出する方法はある。
とにかく、それを「基準値」を敢えて設けることで、
曖昧にしてしまうような流れに、本当に腹が立つ。
今日はこれから岡山へ。
2011年7月1日金曜日
7月1日
七月になった。
なんとも言葉で表現しようもない
悲しい七月だ。
ハンゲショウ、という植物がある。
緑の葉の大半が、白粉を塗ったように
この季節、白くなる植物だ。
半化粧、と漢字では書くのだろう。
いつものこの季節なら、ハンゲショウの
葉が白くなった、間もなく夕顔や朝顔の
蔓に支えを立てなくては、
と夏の植物と戯れるのだが………。
毎日放送が26日深夜に放映した映像’11。
その中で京都大学原子炉実験所の小出裕章さんは
次のようにおっしゃっていた。
参議院に招致されての話の中で、である。
原発事故の被害は、「大きく見積もるべきなのに。
政府も東電も過少に見積過ぎている」と。
いつになく激しい口調で、おっしゃっていた。
この福島第一原発の暴走に関してだけではなく、
原発のあらゆる事故は「過少評価」され、
場合によっては隠蔽されてきた。
3万人とも言われる故郷を棄てざるを得なかった福島の人々の日々はこれからどうなるのか。
そうして、「出ていくことも叶わなかった」人々の人生は。
また作付けできなくなった農家の苦悩は?
出荷停止にならずとも、「出荷できない」と
自ら判断した農家の人々のこれからは?
自主避難をした人々への「支援」は全くできないのか?
海開きを前にして、日本中の海に放射性物質は飛散していないだろうか?
体育の時間のプールは?
ほとんどが日本がはじめて体験することだ。
だからこそ、過少評価をしてはいけないのではないだろうか。
きちんと調査をして、精度の高い数値を発表するのが
政府の責任であるのだが………。
海開きができなくなるのではないかと困惑している
観光地も、しっかりした調査をして発表したほうが
信頼されるようになると思うのだが。
なんとももどかしい。
なんとも言葉で表現しようもない
悲しい七月だ。
ハンゲショウ、という植物がある。
緑の葉の大半が、白粉を塗ったように
この季節、白くなる植物だ。
半化粧、と漢字では書くのだろう。
いつものこの季節なら、ハンゲショウの
葉が白くなった、間もなく夕顔や朝顔の
蔓に支えを立てなくては、
と夏の植物と戯れるのだが………。
毎日放送が26日深夜に放映した映像’11。
その中で京都大学原子炉実験所の小出裕章さんは
次のようにおっしゃっていた。
参議院に招致されての話の中で、である。
原発事故の被害は、「大きく見積もるべきなのに。
政府も東電も過少に見積過ぎている」と。
いつになく激しい口調で、おっしゃっていた。
この福島第一原発の暴走に関してだけではなく、
原発のあらゆる事故は「過少評価」され、
場合によっては隠蔽されてきた。
3万人とも言われる故郷を棄てざるを得なかった福島の人々の日々はこれからどうなるのか。
そうして、「出ていくことも叶わなかった」人々の人生は。
また作付けできなくなった農家の苦悩は?
出荷停止にならずとも、「出荷できない」と
自ら判断した農家の人々のこれからは?
自主避難をした人々への「支援」は全くできないのか?
海開きを前にして、日本中の海に放射性物質は飛散していないだろうか?
体育の時間のプールは?
ほとんどが日本がはじめて体験することだ。
だからこそ、過少評価をしてはいけないのではないだろうか。
きちんと調査をして、精度の高い数値を発表するのが
政府の責任であるのだが………。
海開きができなくなるのではないかと困惑している
観光地も、しっかりした調査をして発表したほうが
信頼されるようになると思うのだが。
なんとももどかしい。
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