「re」という接頭語が、英語にはあります。「……し直す」という意味です。
3.11以降に生きるわたしたちは、わたしたち自身のくらしを考え直し、
捉え直し、見つめ直し、構築し直すことが必要ではないでしょうか。
まさに、いま「まだ、まにあうのなら」。
2013年1月6日日曜日
1月6日
昨年12月30日、
べアテ・シロタ・ゴードンさんが亡くなったことが、新年の新聞で報道された。
来日されたベアテさんとは、対談やシンポジウムなどで
何度もお目にかかる機会をいただいてきた。
少女時代を日本で育ったベアテさんは、第二次世界戦争後、GHQ民政局に所属。
GHQ憲法草案制定会議のメンバーのひとりとして、
日本国憲法の起草で人権条項作成にかかわった。
22歳のときだった。
少女時代、日本で暮らしていたとき、日本の慣習や習俗、
そして大日本帝国憲法下の家族制度などが、
特に女性に対してどれほど圧力的だったかを見聞した体験も含めて、
日本国憲法24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)草案を執筆。
日本側はこの条項に抵抗したが、ベアテさんは反対を押し切って実現。
それでもベアテさんは長い間、ご自分が憲法の草案にかかわったことを
発表してこなかった。
理由を彼女は次のように述べておられた。
「この国で、22歳の若ものが、ましてや女が草案にかかわったと知ったら、
それだけで抵抗が強くなると思ったからです」
きな臭い動きが見える2013年を前に、ひとりの、この穏やかでシャイ、
けれど人権に関しては明確な思想と姿勢を貫いた偉大なる女性の存在と、
恒久の平和と法の下の平等をうたったこの憲法の存在をわたしたちは大事にしたい。
最後にお目にかかったのは、おつれあいたちご家族とクレヨンハウスに
遊びに見えた時だったか。
足を痛めたおつれあいを気遣いながら、「私は元気よ、足を鍛えているし」
と店内の階段をしっかりと昇り降りされていた姿が目に浮かぶ。
両腕でしっかりHUGされた記憶と共に。
わたしたちは改めて、憲法をHUGしよう。