福島原発LINKをご覧ください、というお報せ。
28日に一回目を迎えた、原発をもっと知ろう、クレヨンハウスMORNING STUDIES。
1回目の講師に上田昌文さんをお迎えして、大盛況のうちに終了した。
(こういった会が盛況であることを果たして、喜んでいいのかどうかはわからないが)
そのとき、会場からひとりの女性が、息子さんが甲状腺がんになり摘出したこと、
その息子さんが「ぼくのような人間をもう二度とつくらないように、みんなに話してきて」
と言って、送り出してくれたことも、彼女は話してくださった。
息子さんがまだ乳児だった頃、彼女は母乳で息子さんを育てておられた。
その息子さんが甲状腺のがんであることがわかったとき、
医師からは「育児中、ヨーロッパにいましたか?」と訊かれた
ということも彼女は会場で話をしてくれた。
チェルノブイリの原発事故のあと、
ヨーロッパ各地に風にのってホットスポットが出現したことを受けての、
医師の言葉であったのだろう。
しかし、彼女も息子さんも当時もいまも日本で暮らしている。
上田さんからは、チェルノブイリの原発事故のあと、
あの年の5月3日頃がもっとも放射線量が酷かったと、
答えておられたが、原発事故との因果関係は、無念なことに立証することはできない。
司書をされている、このひとりの女性であり、母であるかたの
悲しみと憤りはどれほどのものであろうと考えると、胸が詰まる。息子さんもまた。
そして、2011年、福島第一原発暴走である。
わたしたちは以下の行程をしっかり覚えておかねばならない。
3月11日 19時3分。
政府は、緊急事態宣言を発し、
21時23分に、3キロ圏の避難、10キロ圏の屋内退避を指示。
12日 午前5時44分。避難区域を10キロ圏に拡大。
そうして、それから避難区域は20キロ圏まで拡大され、30キロ圏には屋内退避が指示。
3月25日 政府は30キロ圏の屋内退避指示をした住民に対して「自主避難」勧告。
このブログでもずいぶん前に書いたが、「自主避難」とは、
今後どのようなことがあっても、たとえ健康被害が生じても、国はどんな保障もしない、
「自己責任」で対処するように、という意味の通達である。
そうして、福島の子どもたちへの年間被曝線量20ミリシーベルトと発表。
原子力安全委員会と当局の、「どっちが言った」「こちらは言わない」
といった醜い責任逃れの対立風が続いた。
これも当ブログに記してある。
そうして、ようやく努力目標として1ミリシーベルトとする、
という文部科学大臣の発言はあったが、それにしてもあくまでも努力目標である。
被曝の影響には「しきい値」は存在しない。
被曝には安全値はないにもかかわらず、である。
さらに、20ミリシーベルトが規準になったときも、
そうしていまも、「内部被曝」については曖昧なままだ。
3日前のこのブログに、5月17日に福島飯館村の住民が、
政府と福島県、福島県立医科大学付属病院大学の三者に提出した要望書をご紹介した。
「……とりわけ放射能に対する感受性が高い子どもたちが、
このニヶ月間に受けた体内被曝量が、事実として、いかほどであるかを正しく測定し、評価し、
記録しておくことは、今後の私たち村民の健康管理にとって必要不可欠」と考えてのことである。
内部被曝、ホールボディカウンターによる体内放射能測定に関する要望書である。
そこには、一週間以内に文書で回答をと記されているが(5月29日のブログ、参照)。
その後が気になって、当事者のおひとりに「福島原発LINK」を教えていただいた。
ここに詳しく記されているので、是非、ご一読を。
http://fgenpatsu.blog55.fc2.com
結果からいうと、要望書で区切った回答期限が過ぎた26日夜に、
福島県立医科大学から「検討中」という電話連絡があったという。
来週ぐらいには回答するということらしいが、これはやはり事実上の回答保留と考えざるを得ない。
さらに驚愕と憤りを覚えるのは、政府と県からは未だ無回答、という事実だ。
「無回答」!!!!である。
すでにご存知と思うが、被曝には外部被曝と内部被曝があり、
園や校庭の土を削りとる作業にも取り組んでいるが、
内部被曝はホールボデイカウンターでの調査が必要であり、
いずれの場合も成人より子どもの被曝の感受性ははるかに高い。
それゆえに、要望書は提出されたのだ。
にもかかわらず、「無回答」とは信じられない対応だ。
飯館村は原発暴走の後もかなり放置されていたところであり、
さらにその住民たちの切なる願いまで、この国は放置するというのか。
ホールボディカウンターによる内部被曝調査は、いま現在の内部被曝を測定するだけではなく、
将来起こり得る健康被害(決して起きてはほしくはないが)について、
原発事故との因果関係を証明するためにも不可欠な立証資料でもある。
それらの要望に対して「無回答」とは、どういうことなのか。
子どもたちのいのちと、国の財政や東電が秤にかけられ、
後者を選ぶための、「無回答」なのか。
またもやこの国は「自己責任」と逃げるのか。
最初に「自己責任」を流布したのは、自民党政権だった。
政権が変わっても、「民のいのち」は、こんな風に棄てられるのか。
ワープロを打つ指先の震えが止まらない。
「福島原子力発電所事故対策統合本部本部長 菅直人様」宛ての、
この要望書に、住民の叫びに、菅さん、あなたは応えないのか。
薬害エイズの被害者の前で流したあなたの涙は、一体なんだったのか。
要望書のこのフレーズを、あなたはどう読むのか。
「………私たち村民のほとんどが、子どもたちを含め、『放射能の雲』が村に流れていた3月15日には、
空間線量率が40マイクロシーベルト/時に達したことも知らないまま、
マスクなどの防護もせずに屋外での活動を続けておりました。
大人たちは他の地区からの避難者の受け入れに奔走していました。
その後も、飯館村には国から『屋内退避』の指示が出されることもなく二ヶ月が過ぎました。
またチェルノブイリ原発事故によるベラルーシ共和国の汚染地域では、
飯館村の汚染レベルより低いレベルの汚染地域でも、政府の政策として、
地区の中央病院に設置されたホールボデイカウンターで、毎年の検診時に、
住民の体内放射物質(セシウム137)の測定が行われ、
住民への健康・生活指導がなされていると聞いております。
以上のような趣旨から、飯館村の村民に対してホールボディカウンターによる測定を行うことをお願い致します。
また、その際には測定結果(核種と量)を正確に記載した記録を本人に手渡して
被曝評価などの説明が必ずなされるようお願い致します」
ヨウ素131など、半減期が短い核種は、すでに測定はできないだろうが、セシウム134や137は測定可能だ。
なにをためらう。なんのための無回答なのか。
詳しくは「福島原発LINK」をご覧ください。
「re」という接頭語が、英語にはあります。「……し直す」という意味です。
3.11以降に生きるわたしたちは、わたしたち自身のくらしを考え直し、
捉え直し、見つめ直し、構築し直すことが必要ではないでしょうか。
まさに、いま「まだ、まにあうのなら」。
2011年5月31日火曜日
2011年5月30日月曜日
5月30日
緊急増刊『朝日ジャーナル』、「原発と人間」は、とても心に響く一冊である。心にすとんと落ちる、とも言える。
それぞれの執筆者は数値やデーターや表を駆使しながら、
原発の「いま」と、これからわたしたちが向かうべき未来について描いておられる。
が、多くのテレビの情報番組の中での解説のように、数値だけがひとり歩きして宙に浮かず、しっかりと心に根づく理由は、それぞれの執筆者ご自身の、確かな生きる姿勢がそこにあるからだろう。
重ねてきた人間としてのキャリア、こうありたいと願い、こう生きてきた「自分」、そして他者とのゆるぎない関係性が、それぞれの執筆者が紡ぎだされる言葉の背景と土台にあるからだろう。
失礼なものいいになるのではないかと不安だが、それぞれの執筆者の、人としての品性、DIGNITYのようなものさえ感じる文章である。そこにあるのは、垂れ流される「情報」ではなく、確かな「哲学」である。
この社会とこの時代に必要なのは、もしそう呼んでよければ、「哲学」ではないかと常々考えてきた。哲学者のための哲学ではなく、机上のレトリックでもなく、生きる上の根っこのような哲学である。
哲学者・高橋哲哉さんは「原発という犠牲のシステム」というタイトルで寄稿されている。
その中に次のようなフレーズがある。全文を読まれることをぜひお薦めするが。
……少なくとも言えるのは、原発が犠牲のシステムである、ということである。(中略)犠牲のシステムでは、或る者(たち)の利益が、他のもの(たち)の生活(生命、健康、日常、財産、尊厳、希望等々)を犠牲にして生み出され、維持される。犠牲にする者の利益は、犠牲にされるものの犠牲なしには、生み出されないし、維持されない……。その後に続く、「無責任の体系」(丸山眞男さんいうところの)の記述も心にしみる。
高橋さんは次のようなフレーズで原稿を終えられている。
……問題は、しかし、誰が犠牲になるのか、ということではない。犠牲のシステムそのものをやめること、これが肝心である。
原発だけではない。誰かが誰かの、誰かが何かの犠牲の上に成り立つシステムを抱えこんだ社会(大小さまざまなこのシステムが重なり合い、絡み合った社会にわたしたちは生きている)は、そこに暮らす人間は決して、幸せにはしない。欲望に支配され、欲望に所有されたものが牛耳るこの社会とこの時代の、最も醜悪で酸鼻な「いのち」と生きる権利への侵害が、今回の原発暴走だと言える。
収束など果たしてくるのかと考えさせられる福島第一原発の暴走以降、今も尚、「捨て場のない」、「どこにも持っていけない」核のゴミをつくり続けている、わたしたちがいまここにいるのだ。
最近声をあげて笑ったのは、いつのことだったろう。
それぞれの執筆者は数値やデーターや表を駆使しながら、
原発の「いま」と、これからわたしたちが向かうべき未来について描いておられる。
が、多くのテレビの情報番組の中での解説のように、数値だけがひとり歩きして宙に浮かず、しっかりと心に根づく理由は、それぞれの執筆者ご自身の、確かな生きる姿勢がそこにあるからだろう。
重ねてきた人間としてのキャリア、こうありたいと願い、こう生きてきた「自分」、そして他者とのゆるぎない関係性が、それぞれの執筆者が紡ぎだされる言葉の背景と土台にあるからだろう。
失礼なものいいになるのではないかと不安だが、それぞれの執筆者の、人としての品性、DIGNITYのようなものさえ感じる文章である。そこにあるのは、垂れ流される「情報」ではなく、確かな「哲学」である。
この社会とこの時代に必要なのは、もしそう呼んでよければ、「哲学」ではないかと常々考えてきた。哲学者のための哲学ではなく、机上のレトリックでもなく、生きる上の根っこのような哲学である。
哲学者・高橋哲哉さんは「原発という犠牲のシステム」というタイトルで寄稿されている。
その中に次のようなフレーズがある。全文を読まれることをぜひお薦めするが。
……少なくとも言えるのは、原発が犠牲のシステムである、ということである。(中略)犠牲のシステムでは、或る者(たち)の利益が、他のもの(たち)の生活(生命、健康、日常、財産、尊厳、希望等々)を犠牲にして生み出され、維持される。犠牲にする者の利益は、犠牲にされるものの犠牲なしには、生み出されないし、維持されない……。その後に続く、「無責任の体系」(丸山眞男さんいうところの)の記述も心にしみる。
高橋さんは次のようなフレーズで原稿を終えられている。
……問題は、しかし、誰が犠牲になるのか、ということではない。犠牲のシステムそのものをやめること、これが肝心である。
原発だけではない。誰かが誰かの、誰かが何かの犠牲の上に成り立つシステムを抱えこんだ社会(大小さまざまなこのシステムが重なり合い、絡み合った社会にわたしたちは生きている)は、そこに暮らす人間は決して、幸せにはしない。欲望に支配され、欲望に所有されたものが牛耳るこの社会とこの時代の、最も醜悪で酸鼻な「いのち」と生きる権利への侵害が、今回の原発暴走だと言える。
収束など果たしてくるのかと考えさせられる福島第一原発の暴走以降、今も尚、「捨て場のない」、「どこにも持っていけない」核のゴミをつくり続けている、わたしたちがいまここにいるのだ。
最近声をあげて笑ったのは、いつのことだったろう。
2011年5月29日日曜日
5月29日
今日は朝から名古屋へ。
週刊朝日緊急増刊の『朝日ジャーナル』をしっかり持って新幹線へ。
「原発と人間」という通しタイトルがついた特集号だ。
10代から20代の頃、『朝日ジャーナル』をしっかり持って、集会に出ていた頃を思い出す。
すべてを読み解くことはできないうちに次号が発売、の繰り返しだったが。
昨夜、年若い友人から、以下のメールが入ったので、ご紹介する。
緊急のメールなので、ご一読、納得されたらアクションを!
よろしくお願いいたします。
*******************************
*内部被ばくの調査を求める飯舘村住民の要望書に対し、政府、福島県、福島県立医科大学・附属病院は、すべて無回答で対応
5月17日付けで飯舘村住民が出していた
「ホールボディカウンターによる体内放射能測定に関する要望書」に対し、
要望の回答期限が過ぎた26日午前現在、政府、福島県、福島県立医科大学・附属病院はいずれも無回答であることがわかりました。
飯館村住民でつくる村民団体「負げねど飯館!」は、村民の内部被ばく調査の
実施を求めて、政府、福島県、福島県立医科大学・附属病院宛に要望書を提出していました。
要望書は、内部被ばくが時間の経過とともに測定困難となる性質をふまえ、
一週間以内の早期の回答を求めてきました。
しかし、要望書の提出から一週間以上がたった本日26日午前、
「負げねど飯館!」の愛澤卓見氏に電話で確認したところ、
いずれの提出先からも回答が得られていない事実が明らかとなりました。
事実上、飯館村住民の要望は、日本政府、福島県、
福島県立医科大学・附属病院のすべてから無視されている状況です。
飯舘村で観測される高い放射線量と、
事故以来そこで生活しつづけてきた飯舘村住民の不安を考え合わせると、
この行政側の「無回答」という対応はあまりに残酷なものです。
さらにこの内部被ばくの調査は、村民の不安に応えるというだけでなく、
将来起こりうる健康被害において原発事故との因果関係を立証するために必要不可欠な資料となります。
政府、福島県、福島県立医科大学・附属病院には、
飯館村住民の切実な想いに応える誠実な対応を求めたいです。
飯舘村の人々に思いを馳せる方は、ぜひ各方面における働きかけをお願いします。
またツイッターやメール、ブログなどで
この「無回答」という事実を広めて下さるようお願い致します。
*******************************
*ホールボディカウンターによる体内放射能測定に関する要望書*
福島原子力発電所事故対策統合本部本部長 内閣総理大臣 菅直人 様
東日本大震災及び福島第一原発事故の災害対策へのご尽力に、心から敬意を表します。
ご承知のとおり、この度の大震災により福島第一原発は深刻な損傷を受けました。
炉心溶融と水素爆発等に伴い、チェルノブイリ原発事故の10分の1にも相当する量の放射性物質がすでに放出され、国際的な評価尺度でも「レベル7」の重大事故であることが公に確認されています。
そして事故を起こした複数の原発は、未だに事態の収束メドが立たない事態に陥っております。
私たちの住む飯舘村は、この度の原発事故による放射性物質の放出のために高濃度に汚染され、「計画的避難区域」(外部被曝だけでも「事故発生から1年の期間内に積算線量が20ミリシーベルトに達するおそれのある区域」)に指定されました。
私たち村民のほとんどが、子どもたちも含め「放射能の雲」が村に流れてきた3月15日には、空間線量率が40マイクロシーベルト/時に達したことも知らないまま、マスクなどの防護もせずに屋外での活動を続けておりました。
大人たちは他の地区からの避難者の受け入れに奔走していました。
その後も、飯舘村には国から「屋内退避」の指示が出されることもなく二ヶ月が過ぎました。
このような中で、私たち村民は地上に降った放射性物質からのガンマ線による外部被曝だけでなく、この二ヶ月の間の呼吸や飲食によって体内に取り込まれた放射性物質による内部被曝の両方による被曝をしていると考えます。
外部被曝については、公表されているモニタリングの空間線量や村や個人が所有する線量計での測定値から、ある程度推定することも可能です。
しかし、内部被曝については村や個人の努力では測定も評価もできません。
私たち村民、とりわけ放射線に対する感受性の高い子どもたちが、この二ヶ月間に受けた体内被曝量が、事実として、いかほどであるかを正しく測定し、評価し、記録しておくことは、今後の私たち村民の健康管理にとって必要不可欠だと考えます。
また、チェルノブイリ原発事故によるベラルーシ共和国の汚染地域では、飯舘村の汚染レベルよりも低いレベル(37,000ベクレル/平方メートル以上)の汚染地域でも、政府の政策として、地区の中央病院に設置されたホールボディカウンターで、毎年の検診時に、住民の体内放射性物質(セシウム137)の測定が行われ、住民への健康・生活指導がなされていると聞いております。
以上のような趣旨から、飯館村の村民に対してホールボディカウンターによる測定を行うことをお願い致します。
また、その際には測定結果(核種と量)を正確に記載した記録を本人に手渡して
被曝評価などの説明が必ずなされるようお願い致します。
事故後二ヶ月が経過した今では、ヨウ素131など、半減期の短い核種については、すでに測定できないだろうとのことは承知しております。しかし、比較的 (物理学的)半減期の長いセシウム134 (2.5年)とセシウム137(30年)は、生物学的半減期(大人:50-150日、子ども:44日)を考慮してもまだ測定可能です。
特に避難が始まるまでのこの二ヶ月間の内部被曝を評価するには早急に測定を行う必要があると考えます。
この要望へのご回答は、一週間以内に下記に文書にて送付下さいますようお願い致します。
2011年5月17日
愛する飯舘村を還せプロジェクト「負げねど飯舘!」(仮)
「代表常任理事 大井利裕
連絡先 愛澤卓見
住所:福島県相馬郡飯舘村飯樋字笠石25
電話:090‐9633‐4149
Fax:0244‐43‐2807」
ホールボディカウンターによる体内放射能測定に関する要望書
【内閣総理大臣宛】
http://fgenpatsu.up.seesaa.net/image/20110517_01.jpg
【福島県知事宛】
http://fgenpatsu.up.seesaa.net/image/20110517_02.jpg
【福島県立医科大学学長・付属病院長宛】
http://fgenpatsu.up.seesaa.net/image/20110517_03.jpg
愛する飯舘村を還せプロジェクト
「負げねど飯舘!」(仮)のホームページ
http://space.geocities.jp/iitate0311/index.html
*******************************
週刊朝日緊急増刊の『朝日ジャーナル』をしっかり持って新幹線へ。
「原発と人間」という通しタイトルがついた特集号だ。
10代から20代の頃、『朝日ジャーナル』をしっかり持って、集会に出ていた頃を思い出す。
すべてを読み解くことはできないうちに次号が発売、の繰り返しだったが。
昨夜、年若い友人から、以下のメールが入ったので、ご紹介する。
緊急のメールなので、ご一読、納得されたらアクションを!
よろしくお願いいたします。
*******************************
*内部被ばくの調査を求める飯舘村住民の要望書に対し、政府、福島県、福島県立医科大学・附属病院は、すべて無回答で対応
5月17日付けで飯舘村住民が出していた
「ホールボディカウンターによる体内放射能測定に関する要望書」に対し、
要望の回答期限が過ぎた26日午前現在、政府、福島県、福島県立医科大学・附属病院はいずれも無回答であることがわかりました。
飯館村住民でつくる村民団体「負げねど飯館!」は、村民の内部被ばく調査の
実施を求めて、政府、福島県、福島県立医科大学・附属病院宛に要望書を提出していました。
要望書は、内部被ばくが時間の経過とともに測定困難となる性質をふまえ、
一週間以内の早期の回答を求めてきました。
しかし、要望書の提出から一週間以上がたった本日26日午前、
「負げねど飯館!」の愛澤卓見氏に電話で確認したところ、
いずれの提出先からも回答が得られていない事実が明らかとなりました。
事実上、飯館村住民の要望は、日本政府、福島県、
福島県立医科大学・附属病院のすべてから無視されている状況です。
飯舘村で観測される高い放射線量と、
事故以来そこで生活しつづけてきた飯舘村住民の不安を考え合わせると、
この行政側の「無回答」という対応はあまりに残酷なものです。
さらにこの内部被ばくの調査は、村民の不安に応えるというだけでなく、
将来起こりうる健康被害において原発事故との因果関係を立証するために必要不可欠な資料となります。
政府、福島県、福島県立医科大学・附属病院には、
飯館村住民の切実な想いに応える誠実な対応を求めたいです。
飯舘村の人々に思いを馳せる方は、ぜひ各方面における働きかけをお願いします。
またツイッターやメール、ブログなどで
この「無回答」という事実を広めて下さるようお願い致します。
*******************************
*ホールボディカウンターによる体内放射能測定に関する要望書*
福島原子力発電所事故対策統合本部本部長 内閣総理大臣 菅直人 様
東日本大震災及び福島第一原発事故の災害対策へのご尽力に、心から敬意を表します。
ご承知のとおり、この度の大震災により福島第一原発は深刻な損傷を受けました。
炉心溶融と水素爆発等に伴い、チェルノブイリ原発事故の10分の1にも相当する量の放射性物質がすでに放出され、国際的な評価尺度でも「レベル7」の重大事故であることが公に確認されています。
そして事故を起こした複数の原発は、未だに事態の収束メドが立たない事態に陥っております。
私たちの住む飯舘村は、この度の原発事故による放射性物質の放出のために高濃度に汚染され、「計画的避難区域」(外部被曝だけでも「事故発生から1年の期間内に積算線量が20ミリシーベルトに達するおそれのある区域」)に指定されました。
私たち村民のほとんどが、子どもたちも含め「放射能の雲」が村に流れてきた3月15日には、空間線量率が40マイクロシーベルト/時に達したことも知らないまま、マスクなどの防護もせずに屋外での活動を続けておりました。
大人たちは他の地区からの避難者の受け入れに奔走していました。
その後も、飯舘村には国から「屋内退避」の指示が出されることもなく二ヶ月が過ぎました。
このような中で、私たち村民は地上に降った放射性物質からのガンマ線による外部被曝だけでなく、この二ヶ月の間の呼吸や飲食によって体内に取り込まれた放射性物質による内部被曝の両方による被曝をしていると考えます。
外部被曝については、公表されているモニタリングの空間線量や村や個人が所有する線量計での測定値から、ある程度推定することも可能です。
しかし、内部被曝については村や個人の努力では測定も評価もできません。
私たち村民、とりわけ放射線に対する感受性の高い子どもたちが、この二ヶ月間に受けた体内被曝量が、事実として、いかほどであるかを正しく測定し、評価し、記録しておくことは、今後の私たち村民の健康管理にとって必要不可欠だと考えます。
また、チェルノブイリ原発事故によるベラルーシ共和国の汚染地域では、飯舘村の汚染レベルよりも低いレベル(37,000ベクレル/平方メートル以上)の汚染地域でも、政府の政策として、地区の中央病院に設置されたホールボディカウンターで、毎年の検診時に、住民の体内放射性物質(セシウム137)の測定が行われ、住民への健康・生活指導がなされていると聞いております。
以上のような趣旨から、飯館村の村民に対してホールボディカウンターによる測定を行うことをお願い致します。
また、その際には測定結果(核種と量)を正確に記載した記録を本人に手渡して
被曝評価などの説明が必ずなされるようお願い致します。
事故後二ヶ月が経過した今では、ヨウ素131など、半減期の短い核種については、すでに測定できないだろうとのことは承知しております。しかし、比較的 (物理学的)半減期の長いセシウム134 (2.5年)とセシウム137(30年)は、生物学的半減期(大人:50-150日、子ども:44日)を考慮してもまだ測定可能です。
特に避難が始まるまでのこの二ヶ月間の内部被曝を評価するには早急に測定を行う必要があると考えます。
この要望へのご回答は、一週間以内に下記に文書にて送付下さいますようお願い致します。
2011年5月17日
愛する飯舘村を還せプロジェクト「負げねど飯舘!」(仮)
「代表常任理事 大井利裕
連絡先 愛澤卓見
住所:福島県相馬郡飯舘村飯樋字笠石25
電話:090‐9633‐4149
Fax:0244‐43‐2807」
ホールボディカウンターによる体内放射能測定に関する要望書
【内閣総理大臣宛】
http://fgenpatsu.up.seesaa.net/image/20110517_01.jpg
【福島県知事宛】
http://fgenpatsu.up.seesaa.net/image/20110517_02.jpg
【福島県立医科大学学長・付属病院長宛】
http://fgenpatsu.up.seesaa.net/image/20110517_03.jpg
愛する飯舘村を還せプロジェクト
「負げねど飯舘!」(仮)のホームページ
http://space.geocities.jp/iitate0311/index.html
*******************************
2011年5月28日土曜日
5月28日
クレヨンハウスの若いスタッフの声で実現の
一歩を踏み出した『原発とエネルギーを学ぶ朝の教室」。
今朝からスタートした。
一回目の講師は、市民科学研究室主宰・上田昌文さん。
一貫して市民の視座から、暮らしと科学と社会を検証されてきた
上田さんのテーマは「原子力と原発きほんのき」。
様々な情報の中で、なにを信じていいのか、
福島第一原発はいまどうなっているのか、これからは?
をプロジェクターを使いながらわかりやすく説明していただいた。
沖縄に台風が接近して雨がちの土曜日の朝。
9時スタートの講座に、早い受講生は8時頃にすでにお見えなっていた。
上田さんのお話の後、会場からは、さまざまな質問が。
チェルノブイリの原発事故当時、
東京で母乳で子育てをされていたひとりの女性からの質問が。
………当時生まれて間もない男の子を母乳で育てていた。
その息子が甲状腺がんになった。
医師たちからは、
「当時ヨーロッパにいたんですか?」
と訊かれたが、当時は東京で暮らしていた。
因果関係を解き明かすことは不可能かもしれないが、
「息子がぼくのような子どもを二度とつくらないために
参加して、と言っておりましので」……。
上田さんからはチェルノブイリ原発事故後、東京でもっとも
放射線量が強かったあの年の5月3日を例にあげ、説明。
因果関係を証明することは叶わないが、と。
その他、お子さんが保育園に通う若い保護者や
教育関係者からのもろもろの質問も。
受講生同士が互いの情報をもちより、共有する姿もあって、
全体像を把握するための一回目が無事終了。
二回目からは食べ物と放射能、といったように
より専門的なテーマになる予定です。
PS.上田さんたちが刊行される報告集、
『原爆調査の歴史を問い直す』(NPO法人市民科学研究室/刊)は、
6月の初めに、クレヨンハウスにも並びます。
一歩を踏み出した『原発とエネルギーを学ぶ朝の教室」。
今朝からスタートした。
一回目の講師は、市民科学研究室主宰・上田昌文さん。
一貫して市民の視座から、暮らしと科学と社会を検証されてきた
上田さんのテーマは「原子力と原発きほんのき」。
様々な情報の中で、なにを信じていいのか、
福島第一原発はいまどうなっているのか、これからは?
をプロジェクターを使いながらわかりやすく説明していただいた。
沖縄に台風が接近して雨がちの土曜日の朝。
9時スタートの講座に、早い受講生は8時頃にすでにお見えなっていた。
上田さんのお話の後、会場からは、さまざまな質問が。
チェルノブイリの原発事故当時、
東京で母乳で子育てをされていたひとりの女性からの質問が。
………当時生まれて間もない男の子を母乳で育てていた。
その息子が甲状腺がんになった。
医師たちからは、
「当時ヨーロッパにいたんですか?」
と訊かれたが、当時は東京で暮らしていた。
因果関係を解き明かすことは不可能かもしれないが、
「息子がぼくのような子どもを二度とつくらないために
参加して、と言っておりましので」……。
上田さんからはチェルノブイリ原発事故後、東京でもっとも
放射線量が強かったあの年の5月3日を例にあげ、説明。
因果関係を証明することは叶わないが、と。
その他、お子さんが保育園に通う若い保護者や
教育関係者からのもろもろの質問も。
受講生同士が互いの情報をもちより、共有する姿もあって、
全体像を把握するための一回目が無事終了。
二回目からは食べ物と放射能、といったように
より専門的なテーマになる予定です。
PS.上田さんたちが刊行される報告集、
『原爆調査の歴史を問い直す』(NPO法人市民科学研究室/刊)は、
6月の初めに、クレヨンハウスにも並びます。
2011年5月27日金曜日
5月27日
今日が何月で何日なのか……。時々、わからなくなる。
どこかで上の空なわたしがいる。
そういえば中学時代、上の空を英語で「absence of mind」
というのだと習った記憶がある。
まさに、そんな感じの「mind」が続いている。
一方に、全身全霊でとてつもない集中力を要することがあり、自分の日常と感情生活のほとんどがその一点に向かっているせいか、ほかは奇妙なabsentが続いている。
こういったときこそむしろ、ささやかで微妙な感情の揺れに丁寧につきあい、
季節の花と深く向かい合い、旬の食材を使ったシンプルな料理を作り
(旬の食材などは、あれこれ手を加えず、シンプルなほうがはるかにうまい)
そしてゆっくりと味わい、といきたいものだが。
それらが、だいじなことだと充分に知ってはいるのだが……。
目を通さなければならない資料や本が次々にあり、なんだかとても心せかされ、
そして一日の終わりにはなぜかぐったりしてしまうのだ。こんなことではいけないのだが。
暮らしの基本を何よりも尊ぶことが、荒々しくも前のめりで大きな「声」や「存在」に抵抗する、わたしたち市民のもっとも平和な「闘いかた」だと思うのだが。
相手と同じペースや声音になったら無意味だと考えるのだが……。
どうしても焦ってしまう。いや、いや、これではいけない。
旬のそら豆を茹でてみた。きれいな翡翠色が目に染みる。
……老いてみな花のごとしや豆の飯
わたしと同じ終戦の年に生まれた唐 振昌さんというかたの句集『陶枕』(花神社)に見つけた句である。
かの地のお年よりはどうしておられるだろう。
仮設住宅に出入りするときの入り口の段差が気になる。
トイレを使うために上らなくてはならない段差もまた。
28日。台風が接近しているというが、「原発とエネルギーを学ぶ朝の教室」の第一回目。
講師は「市民科学研究室主宰」の上田昌文さん。
参加を希望される大勢のかたがたからご予約をいただいている。
6月11日。「食べものと放射能のはなし」で講師をお願いした安田節子さんからまわってきた5月12日のメールは……。
「以下のHPを見つけました。せっかくの税金を使って、
ある意味ではこんなに素晴らしい環境パラメーターシリーズを
刊行しているのにもかかわらず、今回の福島原発の過酷な
事故後にさっぱりいかされてないのは、どうしてでしょう。
(略)いずれにしても、食物から入る核種による内部被曝を
考えるときに、種々の点でそれなりに利用できることが
多々ありそうです」
http://www.rwmc.or.jp/library/other/kankyo/
旧原子力環境整備センター(現原子力環境整備促進・資金管理センター)の紹介がある。
どこかで上の空なわたしがいる。
そういえば中学時代、上の空を英語で「absence of mind」
というのだと習った記憶がある。
まさに、そんな感じの「mind」が続いている。
一方に、全身全霊でとてつもない集中力を要することがあり、自分の日常と感情生活のほとんどがその一点に向かっているせいか、ほかは奇妙なabsentが続いている。
こういったときこそむしろ、ささやかで微妙な感情の揺れに丁寧につきあい、
季節の花と深く向かい合い、旬の食材を使ったシンプルな料理を作り
(旬の食材などは、あれこれ手を加えず、シンプルなほうがはるかにうまい)
そしてゆっくりと味わい、といきたいものだが。
それらが、だいじなことだと充分に知ってはいるのだが……。
目を通さなければならない資料や本が次々にあり、なんだかとても心せかされ、
そして一日の終わりにはなぜかぐったりしてしまうのだ。こんなことではいけないのだが。
暮らしの基本を何よりも尊ぶことが、荒々しくも前のめりで大きな「声」や「存在」に抵抗する、わたしたち市民のもっとも平和な「闘いかた」だと思うのだが。
相手と同じペースや声音になったら無意味だと考えるのだが……。
どうしても焦ってしまう。いや、いや、これではいけない。
旬のそら豆を茹でてみた。きれいな翡翠色が目に染みる。
……老いてみな花のごとしや豆の飯
わたしと同じ終戦の年に生まれた唐 振昌さんというかたの句集『陶枕』(花神社)に見つけた句である。
かの地のお年よりはどうしておられるだろう。
仮設住宅に出入りするときの入り口の段差が気になる。
トイレを使うために上らなくてはならない段差もまた。
28日。台風が接近しているというが、「原発とエネルギーを学ぶ朝の教室」の第一回目。
講師は「市民科学研究室主宰」の上田昌文さん。
参加を希望される大勢のかたがたからご予約をいただいている。
6月11日。「食べものと放射能のはなし」で講師をお願いした安田節子さんからまわってきた5月12日のメールは……。
「以下のHPを見つけました。せっかくの税金を使って、
ある意味ではこんなに素晴らしい環境パラメーターシリーズを
刊行しているのにもかかわらず、今回の福島原発の過酷な
事故後にさっぱりいかされてないのは、どうしてでしょう。
(略)いずれにしても、食物から入る核種による内部被曝を
考えるときに、種々の点でそれなりに利用できることが
多々ありそうです」
http://www.rwmc.or.jp/library/other/kankyo/
旧原子力環境整備センター(現原子力環境整備促進・資金管理センター)の紹介がある。
2011年5月26日木曜日
5月26日
炉心溶融が明らかになっても、
収束の日程に今のところは変化なし、の政府である。
政府の発表に納得いかない家族は、福島から子どもをつれて「疎開」をしている。
が、疎開も叶わず、今日も福島で暮らしている家族のほうが圧倒的に多い。
これらの現実は、たとえどんなにハードな現実であっても、
正しい情報を知りたいと願う「すべてのわたしたち」と
福島の子どもへの決して許容できない人権侵害であり、
存在への「虐待」ではないか。
ここにきて、政府は何をためらう。
首相は何を惜しむ。
ひとに惜しむものがあるとすれば、
次世代、そのまた次世代のいのちであり、安全ではないか。
それを後回しする政治家に
子どもたちのいのちを任せるわけにはいかない。
海外では、どれほどのメディアが今回の規準「20ミリシーベルト」を
非難しているか、彼らは知っているのだろうか。
高木文部科学大臣は、現実を把握する力が欠如しているのか。
今朝、クレヨンハウスに次のようなメールが入っていたので、お報せを。
「チェルノブイリでは炉心溶融でストロンチウムまで大量放出、福島でも、それに近い状態?」とある。
ストロンチウム90は過去の事例から遠くへは飛ばないと言われていますが、
下記ブログで示したように過去の核実験では
セシウム137:ストロンチウム90が1:0.7の割合で日本に降下しています。
ブログも更新していますのでご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/soil_niigata/e/92b1420cee04a267cf8076e8d4f383a7
収束の日程に今のところは変化なし、の政府である。
政府の発表に納得いかない家族は、福島から子どもをつれて「疎開」をしている。
が、疎開も叶わず、今日も福島で暮らしている家族のほうが圧倒的に多い。
これらの現実は、たとえどんなにハードな現実であっても、
正しい情報を知りたいと願う「すべてのわたしたち」と
福島の子どもへの決して許容できない人権侵害であり、
存在への「虐待」ではないか。
ここにきて、政府は何をためらう。
首相は何を惜しむ。
ひとに惜しむものがあるとすれば、
次世代、そのまた次世代のいのちであり、安全ではないか。
それを後回しする政治家に
子どもたちのいのちを任せるわけにはいかない。
海外では、どれほどのメディアが今回の規準「20ミリシーベルト」を
非難しているか、彼らは知っているのだろうか。
高木文部科学大臣は、現実を把握する力が欠如しているのか。
今朝、クレヨンハウスに次のようなメールが入っていたので、お報せを。
「チェルノブイリでは炉心溶融でストロンチウムまで大量放出、福島でも、それに近い状態?」とある。
ストロンチウム90は過去の事例から遠くへは飛ばないと言われていますが、
下記ブログで示したように過去の核実験では
セシウム137:ストロンチウム90が1:0.7の割合で日本に降下しています。
ブログも更新していますのでご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/soil_niigata/e/92b1420cee04a267cf8076e8d4f383a7
2011年5月25日水曜日
5月25日
結局、また徹夜をしてしまった。
今日は授業があるから寝ておかなくては、と思っていたのだが。
長い間、書店から消えていた堀江邦夫さんの『原発ジプシー』
(現代書館)の増補改訂版が刊行された。
「被曝下請け労働者の記録」というサブタイトルは、本書が
はじめて刊行されたおよそ30年ほど前、表紙に記されて
いたかどうか記憶にはない。
いま改めて読んでも、あらたなる憤怒と哀しささえ覚える告発の書である。
憤怒は、ひとのいのちに対する、ひとかけらの畏怖の念も
欠如した原子力行政や当局へのそれであり、哀しみは、そうと知りながらも、
働かざるを得ない人々への現実から生まれる。
その現実の下で、わたしたちはつい最近まで煌々と電気を灯し続けてきたのだ。
「最終章」に著者が記しているように、電力会社社員と、非社員
(サブタイトルにある「下請け労働者」)の被曝量の相違(2008年度)には、
改めて驚かされる。電力会社社員の被曝量は、「全体のわずか3パーセント
程度。つまり、原発内の放射線下の作業のそのほとんどは、『非社員』=下請け労働者たちに委ねられている事実。そしてさらに付け加えるなら、わたしが働いていた当時にくらべ、電力会社社員の被ばく量だけは着実に減少しているという事実………」。
添えられた図からも一目瞭然である。
さらに最終章には、次のような記述もある。
「………身元の不確かな者たちが原発で大勢働いている、という話がひろまっていたことへの電力会社の対策の一環ともいわれ、最近では原発周辺地域住民のなかから労働者を募集することが増えている。
このことからすると、各地の原発を渡り歩く日雇い労働者のその存在は
もとより、『原発ジプシー』ということば自体、やがて近い将来消え去って
しまうかもしれない。ならばなおのこと、1970~80年代という時代の
なかで懸命に生き働き続けてきた『原発ジプシー』たちの存在を、あるがままに
きちんと記録しておく必要が………」。
著者は、美浜から福島第一、そして敦賀原発でも働いた。
敦賀で働いた最後の日の記述を紹介しよう。
………午後一時から、ホールボディ。私より前に来ていた中年の労働者が、
係員になにやら尋ねている。どうやら彼も今日、退域するらしい。
「いや、あんた、一二〇〇ぐらいたいしたことありませんよ。サウナにでも入れば、毛穴に入っている放射能はみんな落ちてしまいますよ」と係員。
中年労働者は、「そんなもんですかねえ………」と半信半疑の口調でそう言うと、部屋を出ていった。
この二人が話し合っているとき、なにげなく係員の前の机に目をやった。
測定結果を記録した台帳が開いてあった。外人の名前が二人並んでいる。
両者とも「正味係数」欄には、二〇〇〇前後の値が書いてあった………。
そうして、著者本人のである。
………敦賀原発入域時(三月二十六日)の「正味係数」は、ニ四二。すると、
わずか一カ月弱で六八ニカウントもの放射性物質を体内に取りこんだことに
なる。六八二カウント………この"数値"は、私の将来にどのような影響を
及ぼすのだろうか………。
福島第一原発でも、本書に記述されているようなことが繰り返されていないか。
「改善されている」と当局は言うかもしれない。
しかし、原子炉建屋の中で作業に従事する人たちは、室温40度、湿度99パーセントの異様としかいえない環境にいる。ロボットさえ、先に進むことを諦めた、異常な環境だ。
この国は「円高」でありながら、「人間安」だと言われた時代があったが、
その日々は終わらず、いまもって続いているのでは。
危険きわまりない、劣悪な環境で働くのは、
いつだって非正規の労働者であるのだ。
わたしたちは彼らの健康被害の上に、電気を使ってきた。世界で名だたる
高い電気を。「トイレのないマンション」より劣悪な、最終の核のゴミをどこにも
持ってきようのない、原発の電気を。
こうしている間にも、核のゴミは作られつづけている。こうしている間にも、
作業をされているひとたちは、このうえなく酸鼻な環境の中で、被曝している。
今日は授業があるから寝ておかなくては、と思っていたのだが。
長い間、書店から消えていた堀江邦夫さんの『原発ジプシー』
(現代書館)の増補改訂版が刊行された。
「被曝下請け労働者の記録」というサブタイトルは、本書が
はじめて刊行されたおよそ30年ほど前、表紙に記されて
いたかどうか記憶にはない。
いま改めて読んでも、あらたなる憤怒と哀しささえ覚える告発の書である。
憤怒は、ひとのいのちに対する、ひとかけらの畏怖の念も
欠如した原子力行政や当局へのそれであり、哀しみは、そうと知りながらも、
働かざるを得ない人々への現実から生まれる。
その現実の下で、わたしたちはつい最近まで煌々と電気を灯し続けてきたのだ。
「最終章」に著者が記しているように、電力会社社員と、非社員
(サブタイトルにある「下請け労働者」)の被曝量の相違(2008年度)には、
改めて驚かされる。電力会社社員の被曝量は、「全体のわずか3パーセント
程度。つまり、原発内の放射線下の作業のそのほとんどは、『非社員』=下請け労働者たちに委ねられている事実。そしてさらに付け加えるなら、わたしが働いていた当時にくらべ、電力会社社員の被ばく量だけは着実に減少しているという事実………」。
添えられた図からも一目瞭然である。
さらに最終章には、次のような記述もある。
「………身元の不確かな者たちが原発で大勢働いている、という話がひろまっていたことへの電力会社の対策の一環ともいわれ、最近では原発周辺地域住民のなかから労働者を募集することが増えている。
このことからすると、各地の原発を渡り歩く日雇い労働者のその存在は
もとより、『原発ジプシー』ということば自体、やがて近い将来消え去って
しまうかもしれない。ならばなおのこと、1970~80年代という時代の
なかで懸命に生き働き続けてきた『原発ジプシー』たちの存在を、あるがままに
きちんと記録しておく必要が………」。
著者は、美浜から福島第一、そして敦賀原発でも働いた。
敦賀で働いた最後の日の記述を紹介しよう。
………午後一時から、ホールボディ。私より前に来ていた中年の労働者が、
係員になにやら尋ねている。どうやら彼も今日、退域するらしい。
「いや、あんた、一二〇〇ぐらいたいしたことありませんよ。サウナにでも入れば、毛穴に入っている放射能はみんな落ちてしまいますよ」と係員。
中年労働者は、「そんなもんですかねえ………」と半信半疑の口調でそう言うと、部屋を出ていった。
この二人が話し合っているとき、なにげなく係員の前の机に目をやった。
測定結果を記録した台帳が開いてあった。外人の名前が二人並んでいる。
両者とも「正味係数」欄には、二〇〇〇前後の値が書いてあった………。
そうして、著者本人のである。
………敦賀原発入域時(三月二十六日)の「正味係数」は、ニ四二。すると、
わずか一カ月弱で六八ニカウントもの放射性物質を体内に取りこんだことに
なる。六八二カウント………この"数値"は、私の将来にどのような影響を
及ぼすのだろうか………。
福島第一原発でも、本書に記述されているようなことが繰り返されていないか。
「改善されている」と当局は言うかもしれない。
しかし、原子炉建屋の中で作業に従事する人たちは、室温40度、湿度99パーセントの異様としかいえない環境にいる。ロボットさえ、先に進むことを諦めた、異常な環境だ。
この国は「円高」でありながら、「人間安」だと言われた時代があったが、
その日々は終わらず、いまもって続いているのでは。
危険きわまりない、劣悪な環境で働くのは、
いつだって非正規の労働者であるのだ。
わたしたちは彼らの健康被害の上に、電気を使ってきた。世界で名だたる
高い電気を。「トイレのないマンション」より劣悪な、最終の核のゴミをどこにも
持ってきようのない、原発の電気を。
こうしている間にも、核のゴミは作られつづけている。こうしている間にも、
作業をされているひとたちは、このうえなく酸鼻な環境の中で、被曝している。
登録:
投稿 (Atom)