昨日水曜は、幾つかの取材がまずあった。
特に、「さようなら原発」の呼びかけ人をご一緒させていただいている
敬愛する作家の澤地久枝さんが『ゆうゆう』に連載されている、
ひと自身を探訪される頁の取材と対談。
和服について、わたしは全く無知なのだが、
とても涼しげな白地の夏の一重に、
沖縄紅型の濃紺の帯を締められた澤地さん。とてもきれい、だった。
クレヨンハウスでの写真撮影。
その後、うちの編集部にも立ち寄られて、いろいろなお話をした。
編集部をご覧になりたいとおっしゃるので、
日頃、乱雑な編集部の横の会議室を、みんなが整理整頓してくれた。
満天星躑躅の枝に、モンステラの大きな葉。
白い細みのユリと淡い紅色の芍薬を活ける、
というより投げ入れ風。(これが案外いいのだ)。
お召しものに似合いそうな、花でお迎えできて、ほっ。
普段はこんな風にはいかない。
置いてあるものに躓いたり、探し物の途中で外に出て、
何を探していたのか忘れて、呆然としたり、といった按配だ。
澤地さんと出版社のかたがたはそのままクレヨンハウスで夕食を。
わたしは、昨年のこの日、6月12日に49歳で亡くなられた
弁護士でありジャーナリストでもあった日隅一雄さんの遺志を継ぐ、
『日隅一雄・情報流通促進基金』の授賞式に。
福島第一原発の事故以来、東京電力の記者会見に欠かさず参加。
情報公開のかけがえのなさを、主権在官の社会を市民主権の社会へと
病を押して、最後まで活動された日隅一雄さん。
去年のこの日、「さようなら原発」の呼びかけ人の先輩たちとわたしは
議員会館で、国会議員のかたがたに、
わたしたちがなぜ、原発に反対をしているのかを話していた。
ふっと見ると、他の議員のかたがたと最前列におられた
社民党党首の福島瑞穂さんが、
携帯をふっと見て、急ぎ会場を出ていかれた。
日隅さんとご一緒に活動をされることが多かった、弁護士
海渡雄一さん(福島さんのパートナーでもある)から緊急の連絡が入り、
日隅さんがおられる病室に急ぎ向かったのだと後になってわかった。
詮無いことだが、ここに彼がおられたら……。何度もそう思った。
この『基金』の、受賞作の選考委員をお受けした理由も
日隅さんの志と実践を微力ながら少しでも深め、広めることができたら、
という思いからだった。
特別賞は、東京新聞「こちら特報部」。
奨励賞は CRMS(市民放射能測定所 代表 丸森あやさん)と
福島原発告訴団(代表 武藤類子さん)
大賞は 情報公開クリアリングハウス(代表 三木由希子さん)
武藤類子さんには久しぶりにお目にかかることができた。
こんなに素晴らしい機会を作ってくださった日隅さんに
心から感謝しつつ、妙な言い方だが、ここにこそ
日隅さんはおられるべきだった、とも思う。
どんなに、どんなに「自立した市民の抬頭」に喜ばれたことだろう。