2011年8月15日月曜日

8月15日

終戦記念日も旅空のもとで、

今日は66回目の終戦記念日。
1945年の8月15日。
シングルでわたしを出産した母は、22歳、
わたしは生後7か月の赤ん坊だった。
郷里の栃木県宇都宮。
終戦の年に生まれた偶然を必然に変えて、
わたしは66年生きてきたような気がする。
反戦も反差別も、わたしには特別のことではなく、自然なことだった。
絶対を言わない母が、戦争にだけは絶対という言葉を使って、
こう言っていた。
「戦争だけは、絶対ダメ、絶対いやだ」と。
湾岸戦争のとき、母の意識はまだしっかりしていた。
「絶対ダメだよ」
アフガニスタンへの「報復攻撃」がはじまったとき、
母の意識は、すでにぼんやりしはじめていた。
いま自分が在る現実と、現実の向こうを往復するように。
それでも「戦争は絶対ダメ」。
イラク戦争がはじまったとき、
彼女は言葉も意識もほぼ失っていた。

おかあさん。
2011年。わたしたちは新しい「戦争」を迎えてしまったのかもしれない。
放射能との闘い、という。
おかあさんは言っていたね。
「戦争をするのが人間なら、それをやめることができるのも人間だ」と。
この新しい「戦争」を完全に終らせることができるのは、いつなんだろう。
どれだけの子どもや胎児が、この「戦争」で被曝するのだろう。
確かなことは誰もわからない。

2011年8月15日
母が愛した郷里には、ササユリは咲いていただろうか。