2011年3月11日から、1年と2日がたった。
これから徐々に、そしてある時から急速に
原発のニュースは減っていくだろう。
ニュースにならなくては、
ひとびとの意識もまたそこから遠ざかる。
特に、福島から遠く離れた場所で暮らすひとびとは。
3月11日、東京を離れていて、
テレビでどんな番組が放映されたかは
新聞のラテ欄で確認するしかなかった。
その番組が醸し出す、ある「空気」のようなものは予測できるのだが。
クレヨンハウス「朝の教室」にいつも参加くださる女性から
次のようなメールをいただいた。ご紹介させていただく。
「あれから1年」 テレビの特番は
東電と国の責任を追及して怒る姿勢は、タブー?
ところどころ、ほのめかす局はあったけれど。
ほんのわずかな収穫
その1 小澤征爾指揮の水戸室内楽団と宮田大の共演ドキュメントと演奏の番組で、
小澤征爾さんが、合唱団・城の音の発表会の舞台で、
次のように明確に発言しておられたこと。
「広島、長崎と二つも。なのに、原発なんて!!
みんなで要らないと言いましょう」と。
その2 古館一郎さんが、放送の最後に言っていた言葉。
この特集番組を終えて後悔していることが二つある。
ひとつは、薬殺されて、穴に遺棄されている牛たちの姿を、
関係者を何とか説得して放送すべきだったこと。
もうひとつは、原発の総電源喪失が、津波ではなく、地震だけの段階で既に生じていた、
という事実を追及しきれなかったこと。
原発再稼働は疑問だ。これから先ずっと、自分は追及を続けて行く。
もし、圧力がかかっても、出来なくなるまで、取り上げ続けるつもりだ。
メールをくださったかたは、次のようにしめておられる。
地下には清らかな水脈が流れていることを信じています。
その水脈は絶えることなく流れ、花さき山の花にも注いでいます。
@love
この後は落合の意見。
わたしもそう信じたい。
ほかにも特筆すべき番組はあったかもしれない。
間隙を縫って、言葉にした発言者もいたかもしれない。
「NO」と力強く声をあげる(やばい場合は、小声でも裏声でもいい)ことと
踏ん張っているメディアやひとたちに「YES」のエールを送ることも、
わたしたちにとって大事な「参加」の方法だと考える。