2011年5月17日火曜日

5月17日

なんて、ことだろう。

福島第一原発の一号機はすでにメルトダウンを起こしていたのだ。
それも、震災発生から間もなく。
3月11日から二か月以上がたって、
はじめてその事実が東京電力から発表されたのだ。

発表が遅くなったのは、なぜなのか。
隠していたのだろうか? あるいは、本当にわからなかったのか。
前者も恐ろしいが、後者は尚のことおそろしい。
前者も当然許容しがたいことだ。しかし、後者の場合は……。
これだけ、すべての人々を恐れさせ、
原発周辺の住人に苦難を押し付けながら、
これだけの原発暴走を、当の東電も、安全神話を垂れ流した専門家も、
本当に誰ひとり把握していない、ということになるのだから。
今更ながら、ひとの力ではハンドリングできないものを、
わたしたちは「国策」として持ってしまったことになる。
2号機、3号機はどうなのか。

現場で作業にあたる男性がひとり、心筋梗塞で亡くなった
というニュースがある。
亡くなった理由については、いろいろ言われているが、
先に亡くなった女性職員と共に、彼も犠牲者のひとりだ。
「協力会社」の名のもとにどれほど多くの、従事者が
いのちをかけた苦闘を続けていることか。