3・11から3か月がたった6月11日、
広島の原爆ドームの前で、福島のひとりの女性、
宇野朗子さんがスピーチした内容については、
6月のこのブログで紹介させていただいた。
「目を凝らしましょう」と呼びかけた彼女は
スピーチの中で、福島のあの原発に作業員として向かう息子を、
ただただ祈るように見送らなければならない
母親の嘆きについても語っていた。
その事故収束に当たる作業員の、
被曝線量の上限値を、経済産業省原子力安全・保安院が「緩和」を要請するよう、
厚生労働省に働きかけていたことがわかった、
と28日の東京新聞朝刊が報道している。
すでに被曝線量の上限を、
通常の年間50ミリシーベルトまで緩和していたが、
福島第一での被曝量は、通常時の上限値を含めないよう緩和を要請。
従来、50ミリシーベルトを超えると1年間ほかの原発では働けなくなるところを、
5年間で100ミリシーベルトを超えない範囲なら作業を続けてもいい、
と4月25日の時点で厚生労働省が保安院に伝えた、というニュースである。
最悪の場合、2年間で、トータル350ミリシーベルトまで
被曝が認められるということであるようだ。
現場で作業されているひとも、その家族も多くが被災者でもある。
8割近くがそうではないかとも言われている。
同じ東京新聞の28日付「こちら特報部」では、
県の放射線健康リスクアドバイザーを委託され、
「放射能はニコニコ笑っている人には来ない」などの発言で、
福島のひとたちを憤らせた長崎大のY氏が、
福島県立大学の副学長に就任した報道がなされている。
言葉は文脈で解釈されるべきではあるが、
いま、なぜ!という県民の疑問は自然なことであるだろう。