『パパラギ』という本がある。
1980年代のはじめに、岡崎照男さんの訳で、
立風書房から刊行されたとき、夢中になって読んだ本であり、今でも時折り読み返している。
もともとは20世紀のはじめ、ヨーロッパを旅して、
はじめて「白人の文化」に触れたサモアの長ツイアビのメッセージで、
彼と親交があった詩人エーリッヒ・ショイルマンが、その記録を翻訳し、
スイスで出版したものだと記憶している。
立風書房では、単行本のあとに、イラストレーター和田誠さんで『絵本 パパラギ』も刊行している。
パパラギとは白人、「文明」と呼ばれるものが行き渡った国で暮らすひとびとのことで、
いまでは私たちが暮らすこの国も、
「パパラギ」以上にパパラギ的ではないかと読みながら思ったものだ。
岡崎さんの訳か、和田さん版かは忘れたし、一字一句覚えているわけではないが、
その中に次のような一節があったことを思い出す。
……だれかひとりだけが、「わたしは日向にいる。おまえは日陰に行け」
というのは大自然のこころではない……と。
汚れた雪が残る都会の道を見ながら、今夜は『パパラギ』を読み返そうと思う。