大震災、そしてわたしには人災としか思えない原発事故について、
取材を受ける機会が多い。先週は、ジャパンタイムズの記者の
かたとお目にかかった。女性である。
お互い向かい合って話をしながら、ふっと言葉が途切れた
彼女を見ると、涙ぐんでおられる。
「涙ぐんで、それでどうなる!」と聞かれれば、どうにもならない
ことは充分承知だが。人として、自らの非力を痛感する現実の前で、
それでもなお「人であろうとする」その姿勢には心から共感する。
彼女は、被災地・岩手で応援歌のように歌われている歌がある、
という保育園の園長さんからいただいた知らせに、取材に見えたのだ。
中川ひろたか作曲、新沢としひこ作詞、クニ河内編曲、
わたしたちが1990年に製作した『空より高く』だ。
先夜、ニュース番組を観ていたら、被災地の高校の卒業式で
この歌が歌われている場面にも出会った。
自ら被災地の住民でありながら、岩手の保育園の園長さんは、
園児たちが歌ったこの歌をカセットに録音し、
地元のラジオ局に送られたそうだ。
「ぼくたちは ちいさくて なにもできないけれど
このうたを うたいます」という、園児のひとりのメッセージから
始まる歌声は、てんでんばらばらだけれど、だからこそ心に響く。
日本中の子どもたちの、十年後、二十年後、三十年後、
五十年後を想う日。自分のいのちにかかわるものを、
いかに自分に引き寄せ、いかに選択するか。
わたしたち大人はいま、問われている。