2011年6月11日土曜日

6月11日

あの日から、三か月がたった。
なんという、三か月だったろう。
人生のすべてが、いままでと全く変わってしまった。
生きることの原型のようなものだけを支えに、
今日を明日につむいでいるような日々である。
腹に力が入るのは、ひとりひとりのいのちのかけがえのなさに
鈍感なものやこととぶち当たったときだけで、
心の片隅には埋められない洞のようなものが、ぽっかりとあいたままである。
この洞が埋められる日がくるのだろうか。時々むしょうに泣きたくなる。

土曜日は朝九時から、原発とエネルギーを学ぶモーニング・スタディの、二回目があった。
食品と放射能というテーマで、安田節子さんを講師にお迎えしての1時間半。
一回目も雨の土曜日だったが、今回もまた。
とても具体的でわかりやすいお話と、いのちをつくる有機食材への愛情と、
生産者と消費者、その双方への深い共感と。
そうして、放射能をおそれなくては生きることのできない「現在」をつくったものへの怒りをも、
とてもデリケートに、けれど骨太に語ってくださった。

質疑応答の時間が終了しても質問は続き、
地下の会場から三階のミズ・クレヨンハウスのフロアに場所を移してのご対応に、
受講生一同感謝、感謝。
できるだけ早い時期に一冊のブックレットにまとめたいと考えている。
 
クレヨンハウスの野菜市場は悩みに悩みぬいた末に、
しばらくは、西日本の生産物を選んで店頭に並べることとした。
東日本の生産者のかたがたのことを考えると、ほんとうに心痛む。
特に安全で安心な食材のためにがんばってこられたかたがたである。
どんなに悔しいだろう。どんなに無念だろう。
それでも子どもたちや妊婦さんたちの安全は、
なんとしても確保したおきたいという思いもあって……。
心を二分されながらの決断である。

生産者も消費者も、わたしたち八百屋も苦悩する。
こんな理不尽なことがあっていいものか。
『出荷停止』となれば賠償もされるが、出荷停止にならなくとも、
出荷しにくい、出荷したくない、
不安のある野菜たちを抱えた生産者をサポートするために、
消費者も一緒に、東電と政府に買わせよう。
ちゃんと落とし前をつけさせよう。
そんな次なる行動の勇気もいただけた講演だった。

日曜日、イタリアでは原発の再開の是非を問う国民投票がある。
反対派が優勢といわれているが、
投票率が五十パーセントを下回ると無効であるという。
日本でそれを実行した場合、原発全廃の結論がでるだろうか。