トマトが鮮やかなトマト色に輝いている。
トマトをトマト色、と呼ぶ以外に、どう呼べばいいのだ?
赤でもないし、朱色でもないし、やっぱりトマトはトマト色だ。
有機食材をあつかうクレヨンハウスの「野菜市場」には、
いま熊本県沢村さんの見事なトマトが、
緑色野菜と並んで、「ここにいます!」、見事なトマト色を放っている。
それに旨い!
サラダにしたり、そのまま自然塩をふりかけてかぶりついたり、
パスタにしたり、ズッキーニといっしょに焼いたりして、
毎日毎食(昼は外食になってしまうが)食べている。
あまり手の込んだ料理より、
うまい野菜は、素顔のままで食べるのがいちばんいい。
「トマトが赤くなると、医者が青くなる」という諺がイタリアにあった記憶がある。
トマトのもっている力が、ひとの免疫力やらなにやらをアップしてくれるという意味だ。
今朝も出がけに、トマトとレタスとスライスしたタマネギのサラダをもりもり食べた。
ボイルしたヒヨコ豆をトッピングして。
こうして、有機野菜を頬張るたびに、大震災が起きた直後、
福島で自死された有機野菜の生産者を思う。
どんなに無念だったろう。どんなにか悔しかっただろう。
有機農業は、土がいのち、と言える。土と会話し、土と共に育ち、生産者は生きる。
その土を汚染され、土との会話を分断された彼の無念さは、
そのまま有機農業と向かい合う、
すべてのそれぞれのわたしたち(生産者、流通、そして八百屋)の無念さであり、憤りである。
福島の農家をはじめ、多くのかたが田を畑を汚染された現実に、立ち竦んでいる。
西日本の生産物をいまは積極的に並べているわたしたちも、泣いている。
東日本の生産者をどうやって支援できるか、と。
今週の土曜日で、震災と原発暴走から三ヶ月。
原発は、こうして生産者や小売まで、そこにつながる消費者まで破壊した。
村を、町を、住民のネットワークを、分断している。
一方、被災地では新鮮な野菜が食べたいという叫びが。
金曜日は18時から、たんぽぽ舎と編集委員をつとめる「週刊金曜日」の共催講演会がある。
評論家の佐高 信さん、たんぽぽ舎の山崎久高さんとご一緒に。
福島からも、ふたりのおかあさんが参加して、やむにやまれぬ現状についてメッセージを発してくださる予定だ。
子どもたちを救おう 福島から、ふたりのおかあさんの訴え
6月10日(金) 18時~
場所 東京・全電通ホール 予約なし(先着順)
お問い合わせは、03-3221-8521